[市民平和訴訟の会・東京]上告審・上告理由書

(注)・原告の個人名は「*」で置き換えてあります。
   ・丸数字はカッコと数字に置き換えてあります。



             上告理由書


               上 告 人  *****

                               外五五名
               被 上告人  国


 右当事者間の平成九年(行サ)第一〇六号戦費支出差止等・掃海部隊派遣差止
等・各損害賠償請求上告事件についての上告の理由は左記のとおりである。

     一九九七年九月二四日

               右上告人ら代理人代表
               弁 護 士  加藤朔郎

最高裁判所 御中

             記

  ____________(1ページ)________________

     第一章 はじめにー湾岸戦争加担は我が国の転換点であった

一 本件訴訟は、湾岸戦争に際して日本政府が戦争の一方当事者に巨額な戦費を
 拠出し、ペルシャ湾に自衛隊の掃海部隊を派遣した行為が、戦争を放棄し恒久
 平和主義を基本原理とする日本国憲法に違反するとして、戦費拠出及び掃海部
 隊派遣行為の違憲・違法の確認と、政府の戦争加担による上告人らの精神的苦
 痛に対する損害賠償を請求するものである。
  上告人らは、訴状の冒頭に「本訴訟は、恒久平和を希求する主権者の熱誠の
 表明である」と述べた。まさに、上告人らは主権者として日本国憲法が全世界
 の国民に保障した「平和のうちに生存する権利」の実現を求め、「政府の行為
 によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにする」ため、本件訴訟を提
 起したのである。
  しかし、一審判決も、原判決も上告人らの請求を退けた。原判決及び一審判
 決が破棄されるべき理由は後に詳述するが、裁判所が湾岸戦争に対する我が国
 政府の違憲行為を見過ごした結果、湾岸戦争以後、我が国が日本国憲法の下で
 遵守してきた「国是」ともいうべき恒久平和主義、戦争放棄、軍隊を海外に派
 遣しないという方針が次々と踏みにじられ、自衛隊が安易に海外に派遣され、
  ____________(2ページ)________________

 世界的な軍隊縮小・軍事費削減の潮流に反する動きが強まっている。
  以下に、簡単に湾岸戦争以後の政治の動向を振り返り、湾岸戦争への加担が
 恒久平和主義を投げ捨て、憲法を公然と踏みにじる政治へ転換したターニング
 ポイントとなったことを論証する。日本がこのような方向へ転換したことにつ
 いて、裁判所は決して無関係ではないことを強調しておきたい。

二 日本は、先の世界大戦において近隣諸国に対して数千万とも言われる人的被
 害を与え、計り知れない物的損害を与えた。又、自国民に対しても極めて重大
 な被害を加えた。これこそ憲法前文に言う「戦争の惨禍」である。
  このような戦争の惨禍を引き起こしたことの反省の上に立って、現憲法が制
 定され、前文に「平和のうちに生存する権利」が明記され、第九条で戦争が放
 棄され、戦力を保持しないことが規定された。
  しかし、この憲法制定直後から憲法を「改正」して再軍備を図る動きができ
 てきた。そして、ついに米国占領下の一九五〇年、占領軍の命令により警察予
 備隊という軍隊が創設され、続いて一九五二年、対日講和条約と同時に日米安
 保条約が締結された。同年、警察予備隊は保安隊に変えられた。
  我が国は憲法制定後僅か数年で保安隊という名の軍隊を持ち、自らの意思で
 他国(米国)の軍隊を駐留させる道を選んだ。
  ____________(3ページ)________________

  一九五四年には保安隊を更に自衛隊に組織替えし、陸・海・空の三軍からな
 るれっきとした軍隊を持つ国家へと変貌した。
  自衛隊及び日米安保条約(と米軍の駐留)が、日本国憲法と両立しないこと
 は誰の目にも明らかであった。

三 第二次世界大戦後の世界は、米国を中心とする西側陣営とソ連邦を中心とする
 東側陣営に分かれ対立していた。東西冷戦である。
  東西冷戦の時代は長期間継続し、東西いずれの内部においても利害対立や分
 裂はあったが、戦後世界の基本的構図であった。そして、日本は日米安保条約
 という軍事同盟により、否応なしに米国の世界戦略に組み込まれていた。
 しかし日本国民は、憲法に違反する自衛隊という軍隊を全面的には認知せず、
 安保条約や米軍の駐留についても批判的な立場をとる国民は多数存在した。
  そこで、政府は自衛隊の基本的性格を「専守防衛」と規定し、その正当化を
 図った。
  専守防衛である以上、攻撃的兵器を持つ理由がなくなり、長距離爆撃機等は
 持たないことになる。当然のことながら核兵器は持たないと宣言した。
  核兵器に関しては、日本自らが持たないのみならず、安保条約に基づいて日
 本に駐留する米軍にも配備させないこと、日本国内に持ち込ませないことを政
  ____________(4ページ)________________

 府の方針とすると言わざるを得なかった。非核三原則である。
  自衛隊を海外に派遣しないことも確約した。軍事費が年々増大することを抑
 えるために、軍事予算(防衛費と呼ぶ)については国民総生産(GNP)の一
 %以内に止めることにし、長年に亘って曲がりなりにもこの制限は守られてき
 た。更に、日本国内で生産した武器の輸出もしないこととした(武器禁輸の原
 則)。
  政府は、集団的自衛権の行使は、憲法上は許されるが、政策判断として選択
 しない旨を幾度となく確認してきた。
  これらの「方針」は、自衛隊及び日米安保条約・駐留米軍が憲法と抵触して
 いるとの批判を避けるために政府が取ってきた政策であり、国民の側からすれ
 ば自衛隊に対する歯止めであった。
  この結果、政府あるいは米国が意図する軍備増強や国連の平和維持活動(P
 KO活動)への自衛隊の参加(要するに海外派遣である)を実行することはあ
 る程度押さえられた。

四 日米安保条約のもとで、日本国内の基地が戦争に使用されたことは否定でき
 ない。朝鮮戦争は、日本が講和条約を締結する以前の占領下にあった時期であ
 るが、米軍は日本国内の基地から朝鮮に出撃したし、米軍の指揮の下で海上保
  ____________(5ページ)________________

 安部の掃海艇が機雷掃海作業に従事した。
  その後、ベトナム戦争時にも米海軍の艦船が国内の港から戦闘地域に向かっ
 たことがあり、軍事物資が積み出されたり、破損した戦車等の修理がなされた
 こともあった。
  一九八〇年代のイラン・イラク戦争の際、米国はペルシャ湾に敷設されたイ
 ランの機雷を除去するため、自衛隊の掃海部隊を派遣するよう強く要求したこ
 とがある。当時から自衛隊の掃海部隊の能力は世界有数のものであったからで
 ある。また、このとき米国が派遣を求めた理由は、日本はペルシャ湾地域から
 原油を輸入しているのであるから、ペルシャ湾における安全を確保するために
 掃海部隊を派遣するべきであるというものであった。いずれも、湾岸戦争時に米
 国が日本に掃海部隊の派遣を要求した理由と同じである。このときは、日本政
 府、特に当時の中曽根首相は派遣に積極的であったが、国民の反対に逢い結局
 派遣を断念した。
  このように、辛うじて日本自身が直接、自らの意思で戦争に参加すること、
 戦争に国費を支出することは避けてきた。憲法違反の自衛隊を持ち、憲法に違
 反する米軍駐留を認めながらも、政府は戦争に参加すること、自衛隊を海外に
 派遣すること、他国の戦争に資金を提供することはできなかったのである。
  しかし、湾岸戦争をきっかけに、戦後決して行わなかった戦争への資金提供、
  ____________(6ページ)________________

 自衛隊の海外派遣が容易に行われるようになってしまった。
  ここにこそ、上告人らが湾岸戦争への加担に異議を申し立て、政府の戦争加
 担行為の違憲性・違法性の確認を求める実質的理由がある。

五 一九九〇年八月初めのイラクのクウェート侵攻から湾岸危機が始まり、翌年
 一月一七日に多国籍軍のイラクに対する空爆が開始された。
  一九八〇年後半、東欧において社会主義政権が次々に崩壊し、ついに一九八
 九年にはソ連邦が瓦解した。それまで、自衛隊は公言はしないけれども、ソ連
 を「仮想敵」として部隊を配置し、武器・装備をそろえてきたのであるが、ソ
 連及び東欧諸国の崩壊により仮想敵国が消えてしまうという事態になり、一九
 九〇年には、自衛隊の存在理由、少なくとも現状の規模を維持することに疑
 問が生じてきていた。
  このような時期に勃発したのが、正に湾岸危機であり湾岸戦争であった。自
 衛隊にとって、そして政府にとっては願ってもない事件の発生であった。日本
 から遠く離れた中東で起こった湾岸危機、そして引き続く戦争を自衛隊維持の
 絶好の機会として利用したのである。
  しかも、米国は国連安保理においてイラク非難決議をさせ、この決議を背景
 に日本に対して圧力をかけ、軍事的にも協力させようとした(この当時の経過
  ____________(7ページ)________________

 については第二章に詳述する)。
  日本国内においては「世界の多数の国々がイラク制裁のために軍隊を出して
 いるのに、日本だけが何もしなくて良いのか」とか「何もしないのは一国平和
 主義だ」等の議論がなされ、ついに国際的に貢献するには戦費を負担すること
 が重要であるとして、早くも一九九〇年八月及び九月には多国籍軍参加諸国に
 二〇億ドルの資金拠出を決定し、周辺諸国にも合計二〇億ドルを提供すること
 とした。
  続いて、一九九一年三月になると、多国籍軍に九〇億ドルを提供することを
 決定した(なお、一九九一年八月には九〇億ドル分につき為替変動による追加
 拠出をしている)。
  これらの資金(周辺諸国への二〇億ドルを除く一一五億ドル)は、明らかに
 戦争に使用される資金、戦費として拠出したのである。
  日本国憲法は、戦費として使用される資金を国費から支出することを認めて
 いない。この資金を日本政府が使用するのか、他国が使用するのかにかかわら
 ず、戦費の支出は憲法に違反すると言うしかないのである。
  政府は戦費の拠出だけに止まらず、自衛隊の海外派遣を企図した。すなわち、
 イラク周辺からの避難民を輸送するという名目で自衛隊機を中東に派遣するた
 めに、自衛隊法一〇〇条の五についての特例政令を制定した(一九九一年一月
  ____________(8ページ)________________

 二九日公布)。この当時は、民間機による避難民の輸送が行われており、自衛
 隊機を派遣する必要性がなかったのである。しかも自衛隊法一〇〇条の五は、
 もともと避難民等を輸送するために自衛隊機を使用することを許す規定ではな
 く、国賓等を輸送する目的で自衛隊機を使用するための規定である。極めて強
 引に、規定の趣旨をねじ曲げて政令を制定し自衛隊機を海外に派遣しようとし
 たものである。
  そして、ついに一九九一年四月に入り、自衛隊の掃海部隊をペルシャ湾に派
 遣した。派遣の理由は「ペルシャ湾における我が国船舶の航行の安全を確保す
 るため」というものであったが、ペルシャ湾の掃海予定水域には我が国船舶は
 存在しなかったのであり、掃海部隊派遣の理由にはなり得なかったのである。
  掃海部隊派遣の根拠とされた自衛隊法九九条は戦場に於ける機雷除去作業を
 想定した規定ではなく、日本周辺における機雷除去を前提とした規定である。
  以上のとおり、自衛隊機の派遣及び掃海部隊の派遣は、自衛隊法を合憲と仮
 定したとしても、その合法性を否定せざるをえないものであった。
  湾岸危機及び湾岸戦争において日本政府がとった措置、すなわち戦費の拠出
 と自衛隊機派遣のための特例政令に制定、掃海部隊派遣のいずれをとっても、
 法的には違憲・違法と言わざるを得ないことは、政府がなりふり構わず、法的
 な適法性、整合性を無視して戦費拠出等を強行したことを示している。
  ____________(9ページ)________________

  この暴挙を容認することができないからこそ、上告人らは本件訴訟を提起し
 たのである。 

六 湾岸戦争以後、政府は憲法に違反して、自衛隊を海外に派遣するための法律
 を制定し、次々に海外派遣を行っている。
  政府が自衛隊の海外派遣を行うための法案を提出したのは、湾岸危機の最中
 である一九九〇年一〇月である。「国連平和協力法」案を国会に提出したが、
 国民の圧倒的な反対で同年一一月九日に廃案になった。
  そして、翌一九九一年九月には、「国連平和維持活動(PKO)等協力法」
 を提出し、一九九二年六月強行採決により成立させた。この法律は国連が行う
 「平和維持活動」に自衛隊を参加させる根拠となるものであるが、国連の平和
 維持活動において武器を使用すること、戦闘を行う可能性があることは当然の
 ことである。海外で自衛隊が戦闘を行う可能性があることについて世論の反対
 が強かったため、政府・与党は法律本文をそのままにしながら、附則でその部
 分の施行を凍結するという方法をとり、法律そのものは成立させた。政府と与
 党にとっては、法律さえ成立させておけば本文を施行する機会は必ず来るとい
 う読みであろう。一歩づつ、確実に自衛隊の海外派遣の道筋を作っていくとい
 う戦略が明らかである。
  ____________(10ページ)________________

  同年九月、自衛隊はこの法律に基づいてカンボジアに派遣された。続いて一
 九九三年五月には、アフリカのモザンビークに派遣され、同年九月にはザイール(ルワン
 ダ)にも派遣された。
  一九九四年七月、自民党と社会党、新党さきがけによる連立政権・村山内閣
 が誕生し、社会党所属の村山首相は日米安保条約を堅持すること、自衛隊は合
 憲の存在であることを明言した。従来、憲法擁護を主張して安保条約に反対し、
 自衛隊についても厳しい態度をとってきた社会党の党首が安保堅持・自衛隊容
 認に転換したことは衝撃的であった。
  一九九四年一一月、自衛隊機による在外邦人救出を可能にする自衛隊法改正
 が行われた。かつての日本は、在外邦人救出という名目で軍隊を他国に出動さ
 せ、実際には他国を侵略した過去がある。正に昔通った道をたどりつつあると
 の感を否めない。
  一九九六年一月には、PKO協力法により中東・ゴラン高原に自衛隊が派遣
 され、この派遣は現在も継続している。
  一九九七年七月、カンボジアで内戦状態が発生し、カンボジア在住の外国人
 が同国を脱出する事態になった。内戦状態は短期間で収束したのであるが、政
 府は在外邦人救出という名目で、自衛隊機をカンボジアの隣国タイまで派遣し
 た。自衛隊機を出発させた時は、すでにカンボジアの空港では民間航空機が発
  ____________(11ページ)________________

 着していたのであって、自衛隊機を派遣する必要は認められなかった。この派
 遣は自衛隊機派遣の演習あるいは実績作りの疑いが強いものである。
  以上、湾岸戦争以後の動きを簡単に見てきたが、この経過で明らかなように、
 湾岸戦争に戦費を拠出し、掃海部隊を派遣したことを契機に、政府は「国際貢
 献論」を錦の御旗として、また在外邦人救出を口実に自衛隊を積極的に海外に
 派遣している。自衛隊という軍隊の海外での活動に対する国民の拒絶反応を和
 らげようとし、その実績を着々と挙げている。
  しかし、これは「いつか来た道」を再び歩もうとしているのではないか。か
 つてのごとく「在外邦人救出」が侵略の第一歩になる恐れは十分にあると思わ
 ざるを得ない。

七 我が国が侵略に対する反省を忘れ、国際貢献という美名の下で自衛隊を縮小
 することなく、かえって積極的に海外派遣を行っていることに近隣諸国が警戒
 を強めている。アジアの諸国は、我が国が憲法で戦争を放棄していながら、自
 衛隊という強大な軍隊をもっていることに多大な疑念を抱いている。
  我々国民も、政府が憲法を軽視し憲法よりも安保条約を優先して、米国の言
 いなりとなり、米国の世界戦略に組み込まれていると考えざるを得ない。
  そして、憲法軽視というよりも憲法無視の政治がおこなわれることに裁判所
  ____________(12ページ)________________

 も責任がないとは言えないと考える。湾岸戦争への戦費拠出・掃海部隊派遣と
 いう明々白々な憲法違反を咎めることなく、上告人らの請求を却下あるいは棄
 却したことが、消極的にとはいえ政府に手を貸したと言えるのではないか。
  憲法に反する政治は一刻も早く是正されなければならない。

  以下に、我が国が加担した湾岸戦争の実態を明らかにした上で、原判決が破
 棄されるべき理由を述べる。


     第二章 我が国が加担した湾岸戦争はいかなる戦争であったか
        (湾岸戦争の実態と国際法違反性)

第一 湾岸戦争の実態を主張する法的意義

一 原判決及び一審判決の異常性
  本件訴訟は、いわゆる湾岸戦争に「参戦」した被上告人国の行為の違憲・違
 法性を問う裁判である。
  ところが、原判決及び一審判決は、湾岸戦争の実態には全く言及せず、従っ
  ____________(13ページ)________________
 
 て、被上告人の行為についても全く判断していない。そもそも、『湾岸戦争』
 や『多国籍軍』という言葉は原判決及び一審判決の事実摘示欄には使われてい
 るが、「当裁判所の判断」の部分には全く使用されていないのである。
  およそ、上告人らは、右戦争に加担した被上告人の行為の違憲性の確認と、
 それによって上告人らの受けた損害の賠償を求めているのであるから、訴訟の
 対象となっている被上告人の行為自体について何等判断せずに、上告人らの請
 求を却下ないし棄却できるということは考えられない。原審裁判所及び一審裁
 判所は最初に右のような結論を用意し、しかも敢えていえば被上告人国への配
 慮から、被上告人にとっては真正面から問題にしたくなかった本件武力行使の
 実態や、被上告人の加担行為の本質に全く言及しないですむレトリックを創造
 したとしか言い様がないのである。
  繰り返し言うが、本件訴訟の争点は被上告人の行為の違憲性であり、被上告
 人の行為によって受けた上告人らの損害である。従って、争点に対する判断と
 しては、被上告人の行為が具体的に判断されねばならないし、そのためには、
 被上告人が加担した武力行使の実態とその結果を評価することが不可欠なので
 ある。

二 国家賠償訴訟における「侵害行為の態様」の要件事実性
  ____________(14ページ)________________

  不法行為論の通説である「相関関係説」によれば、違法性が認められるかど
 うかは、被侵害利益の種類と侵害行為の態様の両面の相関関係から考察すべき
 であり、被侵害利益が権利として強固に確立していないものを侵害した場合で
 も、侵害行為の不法性が相当に大きい場合には違法性が認められるのである。
  原判決が容認する一審判決も、個人の内心的な感情も「その侵害の態様、程
 度のいかんによっては、不法行為の成立する余地がある」としている。ところ
 が、肝心の侵害行為の態様には言及しないまま、「上告人らの内心的感情が害
 されたとしても、これをもって、直ちに社会通念上甘受すべき限度を越えたも
 のであるとか、こうした個人の内心的感情が法的保護に値するものであるとい
 うことはできないといわざるを得ないのである」と判示するのである。
  およそ、一審判決のいう『侵害の態様、程度』を判断するには、被侵害利益
 だけでなく、侵害行為を具体的に評価しなければならないことは多言を要しな
 い。侵害行為を判断対象から全く捨象したまま、侵害の態様、程度を判断する
 ことなど有り得ないのである。
  憲法が国に一切の武力の行使と武力による威嚇を禁止している以上、国が本
 件のように『多国籍軍』の武力行使に戦費を拠出し、掃海部隊を派遣するなど
 加担したことはそれだけで違憲であることは明白である。しかし、国の加担し
 た武力行使の残虐性と、それによる被害の重大性によって、国の行為の違法性
  ____________(15ページ)________________

 の程度・重大性が規定されるのである。本件においては、被上告人の加担した
 湾岸戦争のあまりに不正義で悪質な実態と被害の深刻さ、被上告人の関与の重
 大性を判断してはじめて、被上告人の『侵害行為の不法性』が判断しうるので
 ある。
  よって、上告人の損害賠償請求の当否を判断するにあたっては、湾岸戦争の
 実態を検討することが、必要不可欠である。

三 湾岸戦争の国際法違反性を判断すべき理由
  右のように、上告人らの損害賠償請求の当否を判断するにあたっては、被上
 告人の侵害行為の不法性を判断することが不可避であるが、右不法性とはただ
 国内法たる憲法だけが根拠となるものではなく、国際法も検討されねばならな
 い。
  そもそも、不法行為による損害賠償請求権の有無を判断する場合に「侵害行
 為の不法性」と「被侵害利益」の相関関係によるとするのは、不法行為者の行
 為が法秩序に著しく反している場合には、被侵害利益の権利性が相対的に低く
 とも不法行為の成立を認めるべきであるという公平性の観念が背景にある。こ
 の場合、不法行為者の行為の不法性の評価の規範となる法秩序とは、全体とし
 ての法秩序であり、国内法に限られるものではない。問題は不法行為者の行為
  ____________(16ページ)________________

 が、いかに法秩序に反するものであるかという点にあるからである。
  国が当事者である本件のような場合には、国家の権利義務の規範である国際
 法が特に重視されるべきであるのは当然である。湾岸戦争が国際法上いかに不
 法なものであるかを評価してはじめて、被上告人国がこの戦争に加担した行為
 の不法性を判断しうるのである。そして被上告人の行為の国際的な法秩序違反
 性が著しければ、当然、本件不法行為の成立が認められることにつながるので
 ある。
  従って、被上告人の侵害行為の不法性を判断するためには、被上告人の加担
 した湾岸戦争の国際法違反性も判断しなければならず、そのためにも、湾岸戦
 争の実態と被上告人の加担の実態があきらかにされねばならないのである。
  よって、以下、湾岸戦争の実態について論証する。

第二  湾岸戦争の実態

一 我が国が参戦した戦争
  一九九一年一月一七日に『多国籍軍』が開始した湾岸戦争の被害の惨状につ
 いては、上告人はこれまでも何度となく主張し、一審第一九回口頭弁論で再生
 されたラムゼー・クラーク氏撮影のビデオ録画や上告人らの陳述、書証により
  ____________(17ページ)________________

 十分立証してきたものである。
  日本国憲法は、「国権の発動たる戦争」「武力行使」「武力による威嚇」を無
 条件に禁止している。戦争や武力行使の程度・規模や、その大義名分など一切 
 考慮しない絶対的禁止である。戦争・武力行使に被上告人国が加担・「参戦」
 すれば即憲法違反であることは明白である。従って、本来、多国籍軍や被上告
 人国がこの戦争遂行のために用意した大義名分や戦争の実態など検証する必要
 はないとも言えるが、用意された大義名分が実は全くの虚構であり、かつ戦争
 の実態が非道で凄惨であるという事実は、被上告人国が加担した行為の違法性
 の重大性及び上告人らの精神的損害のよって立つ所以を論証する上で不可欠で
 あるので、以下論述するものである。

  なお、イラク軍を攻撃した米軍を主力とする軍隊の名称について、『ALL 
 IED FORCES』の日本語訳としては「同盟軍」が適当であるが、日本
 では「多国籍軍」と呼ばれるのが通常であったので、本準備書面では右のとお
 り表記する。この呼称自体、同盟軍を国連軍に類するものと印象づけようとし
 て使用されたものであることに注意すべきである。



二 湾岸戦争の大義名分の虚構
  米国及びその武力行使に加担した被上告人国はこの戦争を起こすについて、 
  ____________(18ページ)________________

 過去の戦争すべてにおける侵略国がそうであったように、大義名分を用意して
 いた。
  それは、
 (1) すべての発端はフセイン大統領を元首とするイラク共和国が独立主権国家 
  たるクウェート王国を侵略し一方的に併合する宣言を出したことにある。
 (2) 多国籍軍の行為は武力行使までも認めた国連安保理決議六七八決議等の忠 
  実な履行である。
 という二点に尽きる。
  多国籍軍側はこの二点を金科玉条の如く言い続け、湾岸戦争を正当化しよう 
 としたのである。
  確かに、まず、(1)については、イラクの行為が国際法上許されない侵略行為
 であることに、間違いはない。だが問題なのは、以下でのべるように、侵攻直
 後から開始されたイラクをクウェートから撤退させるための経済制裁が効を奏
 しつつあったのにもかかわらず、米国が経済制裁で事足りるものを戦争回避の
 努力を全く無にして後述する大量虐殺を繰り広げたことである。
  (1)については、安保理決議の合法性やその内容の解釈(武力行使を許容して
 いるか)自体に問題があること及び多国籍軍の行為が夥しい国際法違反行為の連
 続であることは次項以下に後述のとおりであるし、多国籍軍の行った行為は
  ____________(19ページ)________________

 国連安保理決議が容認した範囲を完全に逸脱しており、また、そもそも国連安
 保理決議自体アメリカが「金で買って拵えた決議」であることを銘記すべきで
 ある。


三 『仕掛けられた』戦争
1 イラクの事情
  中東で戦争を望んでいたのは、イラクではなく、米国であった。
  イラクは強大となった軍事力を背景に、他のアラブ産油国に対する指導権を 
 強め、八〇年代半ば以降の原油低価格の時代を終わらせようとしていた。即ち、 
 九〇年七月開催予定のOPEC総会に向けて、クウェート、サウジアラビア、
 アラブ首長国連邦、カタールのアラブ湾岸産油国の会議を主催し、一バーレル
 一八ドルを二一ドルに値上げすることを決定し、OPEC総会にも提案してO
 PEC全体の決議として採択させた。
  イラクはクウェートを侵攻するしないにかかわりなく、OPECが決める原
 油価格動向について主導権を握り始めていたのである。イラクにとってはクウ
 ェート侵攻など必要なく、イランとの戦争に疲弊していたイラクこそがむしろ
 中長期的な平和を望んでいた。米国防大学が一九九〇年初頭発表した研究「中
 東におけるイラクの勢力と米国の安全保障」は次のように述べている。「イラ
  ____________(20ページ)________________

 クが故意に他国と軍事衝突を行うとは予想できない。現在及び近い将来のイラ
 クにとっては何よりも平和がその利益となる。武力衝突が考えられるのはイラ
 クが重大な脅威を感じた場合に限られる」。イラクに重大な脅威を感じさせた
 のはクウェート自身であるが、これは、米国がクウェートを道具として利用し
 たのであり、他方、クウェートを侵攻しても戦争にはならないとイラクを誤信
 させたのも米国であった。湾岸危機そして湾岸戦争は米国のシナリオに沿って
 開始され、終了したのである(以上参考文献リスト26の『ラムゼー・クラー
 クの湾岸戦争』三八頁。以下「26ー三八」と表記する)。
2 米国の目的
  あくまで戦争に固執した米国の意図と目的はどこにあったのか。
  それはソ連の崩壊を米軍の中東常駐の絶好の機会と考え、石油資源の支配に
 よる圧倒的な勢力を構築することであり、原油価格に対する支配力強化と利益
 の増大を望む石油会社、中東への武器販売と国内の軍事契約に依存する軍需産
 業に支えられていた(26ー三九)。
  九〇年八月八日のブッシュ大統領の発表によれば、戦争計画は国連安保理の
 決議を履行するとともに次の四つの目的を達成することにあった(2ー一八)。
   A イラクのクウェートからの即時完全無条件撤退
   B クウェートに合法的な政府を回復
  ____________(21ページ)________________

   C 国外のアメリカ市民の保護
   D 米国の国家安全保障にとって極めて重要な地域の安全保障と安定
  このDの意味することはなにか。
  原油供給過剰の現状においても原油を値上げするイラクが、今後需給が均衡
 していく中でさらなる値上げを続け、原油生産を抑制して第三、第四の石油シ
 ョックを引き起こす恐れがある。イラクはそのような意思と潜在的な力量をも
 っており米国と西側諸国の死活的利益を脅かす政権であるというのがブッシュ
 政権の見方であった(25ー一四四ないし一四五)。
  過去において自らグレナダやパナマに侵攻し、またイスラエルなどの侵略行
 為を見過ごすというより協力してきた米国が、イラクのクウェート侵攻に限っ
 て戦争に突入した動機は、石油利権の支配と言う点に尽きる。クウェートから
 のイラクの撤退を平和的手段で実現する可能性を追及しようとせず、あえて戦
 争に踏切り、しかもイラクのクウェートからの撤退だけを目的とするならあま
 りに過剰な、イラクの社会的基盤まで根こそぎ破壊するような攻撃をし続けた
 のは、イラクの国力を弱め、OPEC内での発言力を奪い、石油メジャーによ
 る石油利権の独占を果たすために他ならなかったのである(3ー四三ないし四
 六)。
3 達成された米国の目的
  ____________(22ページ)________________

  湾岸戦争の結果、米国はサウジアラビアなどに海・空軍を長期駐留させるこ
 とが可能になり、湾岸産油国に常に睨みを利かせることができるようになった。
 即ち、イラクの軍事的脅威を取り除き、クウェートのみならず、サウジアラビ
 ア、アラブ首長国連邦にも決定的な影響を行使することが可能になったのであ
 る。サウジアラビアは湾岸危機後六〇パーセントも増産していたが、湾岸戦争
 直後から従来の姿勢を一変してOPEC内で攻撃的な態度をとり、さらなる増
 産の準備を進めている。
   「こうして米国は静かにOPECに加盟した」(インターナショナル・ヘ 
   ラルド・トリビューン紙 25ー一四六)。

四 湾岸危機勃発
1 イラクのクウェート侵攻
  一九九〇年八月二日、イラクはクウェート国境を越え、クウェートに侵攻し
 同日中に同国は占領された。
  米国は、このイラクのクウェート侵攻に対し、前述のように一〇年以上も準
 備してきた中央軍の緊急展開を実行した。その規模は最終的には欧州軍への増
 援が指定されていた部隊等までも含み、極めて大規模なものとなる。
2 イラク軍の実力
  ____________(23ページ)________________

  ではイラク軍の実力はどの程度だったのか。
  イラクはイランと約八年にわたって戦争を続けたが、結局決定的な勝利を収
 めることはできなかった。その間、イランのイスラム革命の飛び火を恐れるア
 メリカ、ソ連を含む各国が影に日向にイラクに対する援助を続けたにもかかわ
 らずである。湾岸危機以来、アメリカはイラクを「世界第四の軍事大国」とし
 てその軍事力を宣伝し続けたが、これが戦争遂行を容易にするための「誇大宣
 伝」であったことは、イラクがイラン一国にも勝利しえなかったことからも実
 は明らかであった(6ー三九)。
  イラクの兵力は湾岸戦争前、兵員五四万人、戦車四二〇〇両、砲三一〇〇門
 を有すると考えられていた。しかし、実際には後述するように二五万人ないし
 三五万人であったという見方が現在では有力である(1ー八〇、7ー五二)。
  イラクはイランとの戦争終結からいまだ二年しか経過しておらず、イラク軍
 の大半はその消耗と疲弊から回復できないでいた。イランとの長い戦争とその
 見返りがほとんどなかったこともあり、兵士の士気は低かった。空軍はMIG
 29四〇機などを備えていたが、過去において航空兵力を攻撃的に使用したこ
 とはなかった。電子装備はほとんどソ連製であるが、技術者は帰国してしまっ
 ておりスペア部品の入手経路は途絶えていた。防空戦闘機は極めて限られた能
 力しかなかった。そして、通信傍受、信号傍受といった有効な情報収集手段を
  ____________(24ページ)________________

 確立し得ていなかった(6ー四〇ないし四二)。
  多国籍軍はイラクの化学兵器が危険であると宣伝し続けていたが、実は化学
 兵器は戦場に配備されていなかった(2ー五八ないし五九)。
3 米軍の大軍派兵名目の虚構
  ブッシュ大統領は、イラクの一二万人の戦闘部隊が八百五十両の戦車ととも
 にクウェートに殺到し、八月五日までにクウェート南部に移動してサウジアラ
 ビアに脅威を与えたと発表している。
  イラクのクウェート侵攻直後の九〇年八月八日、米国はイラク軍がサウジア
 ラビアを侵攻する可能性があるという理由で(『砂漠の盾』)、サウジアラビア
 に一一月初旬までに二〇万、その後三〇万という大軍を派遣した。しかし、こ
 の理由は口実に過ぎない。これは米国がサウジに大軍を派兵するための工作で
 あった。この時期実は米国政府はイラク共和国警備軍がクウェート南部からイ
 ラク本土に撤退しているという報告を受けていたし、戦争終了後もイラクがサ
 ウジに侵攻しようとしていた形跡は全くなかったのである(26ー六〇)。サウ
 ジアラビアはかねてから親米的な態度を鮮明にしており、イラクにとってはサ
 ウジアラビアに攻め込むことは米国との戦争を意味しており自殺行為である 
 し、その必要性もなかったのである(3ー二四)。
  また、クウェートにもイラクの大軍など存在しなかった。
  ____________(25ページ)________________

  フロリダの「セントピータースバーグ・タイムズ」は二人の防衛情報専門家
 を起用し、クウェートに二五万人の戦闘部隊と千五百両の戦車がいたと国防総
 省が主張していた九〇年九月一一日と同一三日の衛星写真を含め、写真の検討
 を行なわせた。そのうちの一人、レーガン政権の国防総省管理・軍縮部門で働
 いていたチンマーマン教授は次のように述べている。
  「米政府の主張する二〇%に満たないイラク軍がクウェートにいる以外何も
 発見できない。米政府の言うような野営キャンプ地も、巨大な戦車部隊も、集
 結した戦闘部隊も見えなかった。」(26ー六一)。
  すべては米国が大軍を派遣するための工作だった。
4 多国籍軍(米軍)の全容
  米軍の現役兵力数は約二〇〇万人であるがそのうちこの戦争に参加したのは
 約四〇万人といわれている。従って、米軍は単純にいってその五分の一以上の
 兵力をこの戦争に注いだことになる。しかも、米軍には現役兵とはべつに約二
 〇〇万人の州兵、予備役兵がおり、これらのうち後方支援を含めると、約五〇
 万人が湾岸戦争に動員され、内一五万人は湾岸地域に派遣された(7ー五二な
 いし五四)。結局、湾岸地域に派遣された米軍兵力は約五五万人に及ぶ。
  その中身を見ると、海軍は空母一二隻中八隻(うち二隻はイスラエル沖に待
 機)の空母戦闘群と最新鋭イージス巡洋艦タイコンデロガ級一六隻中一一隻を
  ____________(26ページ)________________

 投入している(7ー六四)。
  空軍は戦術航空軍団が「見えない爆撃機」と言われる秘密兵器F117ステ
 ルス攻撃機飛行隊五七機中四〇機投入、またF15E戦闘攻撃機飛行隊を初め
 て投入した(7ー六六)。
  陸軍は現役の機甲師団四個をすべて投入し(7ー六〇)、また一九二発の敵
 ミサイルへの同時迎撃能力を持ち、当時世界最優秀とされたパトリオット大隊
 を参加させた(5ー四九)。
  海兵隊は師団及び航空団を各三個有するが、そのうちそれぞれ二個を投入し
 た(7ー六八ないし六九)。このように動員された兵力の戦力は人数比のはる
 かに上を行く実力部隊であると言える。しかも、『砂漠の盾』作戦から参加し
 た部隊はほとんどアメリカ南東部に基地をもつ部隊であり、一〇年以上も前か
 ら、中央軍に参集し、中東に投入されることを想定されてきた部隊である。こ
 れらはモハービ砂漠のフォート・アーウィンの国有訓練センターで訓練を行っ
 てきており、合同演習も行っている。従って、巷間言われたような砂漠におけ
 る作戦行動の支障は有り得ないのである(6ー三六)。
  サウジアラビアの基地に米軍が核兵器を持ち込んでいたのは周知の事実であ
 るし(15ー七五ないし七八)、米空母などにも核兵器が搭載されていたことは
 容易に想像できよう。
  ____________(27ページ)________________

5 米国の戦略
  結論を言うと、米国は少なくとも湾岸危機の当初から(たぶん、それ以前か
 ら)、イラクとの戦争を決心していたし、それもイラクをクウェートから撤退
 させることが目的ではなく、イラク全土を徹底的に破壊するつもりであったこ
 とは明白である。

五 避けられた戦争ー経済制裁の過剰なまでの有効性
1 イラクに対する経済制裁の中身
  イラクのクウェート侵攻に関して、国連安保理で経済制裁に関して決議がな
 された。安保理決議六六一(九〇年八月六日)、決議六六五(同年八月二五日)
 決議六七〇(同年九月二五日)である。
  この制裁措置は「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」
 を定めた国連憲章第七条に基づいて取られた措置であるが、国連が憲章第七条
 に基づく強制的な経済制裁措置を取ったのは、一九六六年の少数白人支配のロ
 ーデシア(現在のジンバブエ)、七七年の南アフリカ共和国に対する決議のみ
 であって、イラクに対する制裁は史上三番目の措置である(8ー二九、六三、
 9ー五ないし六)。
  国連安保理決議の経済制裁は包括的かつ強制的で極めて強力なもので、イラ
  ____________(28ページ)________________

 クに対するその効果は絶大であった。即ち、イランとの戦争後のイラクの負債
 額は八八年で八〇〇億ドルであって、イラクは外貨収入の九八パーセントを石
 油輸出で上げている。石油輸出を止めてしまえばイラクが干上がるのは目に見
 えていた。しかも、食料の輸入率は約七〇パーセントである(2ー二〇八)。
 そして、何より、イラクは孤立化が進んでおり、唯一の外界との輸送路はアン
 マン経由アカバであった(2ー三八)。これほど、経済封鎖しやすい条件はな
 い。
  事実、実施された経済制裁のみでも行き過ぎであった。イラク保健相は九〇
 年一二月四日、過去四か月の間に五才以下の幼児一四一六人が経済制裁のため
 に死亡したと発表した。湾岸戦争が戦後多数の市民の死者を出したのは、戦前
 からの経済制裁でイラクの民生部門が弱り切っていたことも大きな要因とされ
 ている(2ー二五ないし二六)。
2 経済制裁を選択すべきだという米国政府内意見
  前述したように、ブッシュ大統領は九〇年一一月初めの段階ですでに二〇万
 人に及んだ米軍を同月八日五〇万人に増派するという決定を下した(1ー八二
 ないし八三)。事実上戦争の道を選んだことを意味する。サウジアラビア防衛
 や経済制裁にこれ程の軍隊は必要ないからである。
  これに対して、九〇年一一月末から一二月初めの米国軍事委員会では激論が
  ____________(29ページ)________________

 交わされている。クロウ前統合参謀本部議長がこの大軍増派は間違っている、
 経済制裁の継続が正しいと異論を唱えたからである。
  クロウ前議長は少なくとも一年から一年半くらい経済制裁を継続すれば、軍
 事的手段によらなくてもイラクをクウェートから撤退させることができると主
 張した。なぜなら、経済制裁が継続されれば、食料や工業製品が供給されなく
 なるだけでなく、戦争で使用する航空機やミサイルなどハイテク製品を支える
 部品や潤滑油も不足してきてイラクが戦争をする器材自体乏しくなり経済制裁
 だけで撤退せざるを得なくなるからである。
  クロウ前議長の前任者であるジョーンズ元統合参謀本部議長も同様の発言を
 し、シュレンジャー元国防長官も同じような証言をした。軍事専門家ばかりで
 なく中東専門の元外交官も多くが軍事的手段ではなく、経済制裁の継続によっ
 て、イラクをクウェートから撤退させるべきであると主張した(3ー二五ない
 し二六)。ウェブスターCIA長官も経済制裁によって、イラクの輸出量は一
 〇パーセントに、輸入量は三パーセントに減少したことを認めた(23ー一五)。
  戦争時に米軍の最高司令官であったパウエル統合参謀本部議長も経済制裁を
 長期間継続すべきであるという意見であった。まれにみる政治的外交的連合が
 成立しイラクが歴史上珍しいほど完全に孤立していること、経済制裁のために
 イラクは輸入の九五パーセントと輸出のほぼすべてが止まっているという情報
  ____________(30ページ)________________

 を得ていたことがその理由だった(3ー二六、10ー三七六)。
  以上のように、経済制裁が現に効を奏していたにもかかわらず、多国籍軍は
 戦争に踏み切った。戦争の結果は後述したとおりである。他に選ぶべき選択が
 あったのにあえて開戦した、これが「正義の戦争」とどうして言えるであろう
 か。

六 イラク・フセインの「悪魔化」
  湾岸危機勃発直後から、史上まれに見るに悪質なでっち上げが行なわれ、こ
 れが湾岸戦争を正当化し可能にした。
  イラク軍のクウェートにおける残虐行為は頻繁に報道されたが、中でもイン
 パクトが大きかったのは、九〇年一〇月一〇日、クウェートからの「避難」少
 女がした、米国下院において主だった国際テレビ局のカメラの前での証言であ
 った。
  「私はクウェートから脱出してきたばかりです。クウェートで私はイラク兵
 が銃をもって病院に押し入るのを見ました。彼等は、未熟児保育器から赤ちゃ
 んを取り出したのです。保育器から取りだし、子どもたちを冷たい床の上で死
 なせたのです。恐ろしいことでした」。少女によれば三一二人の赤ん坊が死ん
 だとのことであり、アムネスティインターナショナルでさえ、この話は真実で
  ____________(31ページ)________________

 あると報告した。少女は「イラクの報復」が怖いということで「ナイラ」とい
 う名しかその場では確認されなかった。
  米国、そして全世界での戦争への支持は一気に盛り上がった。フセインは「ヒ
 ットラーの再来」と罵られ、イラク軍は悪魔と謗られた。
  しかし、実は、右の証言はブッシュ大統領の選挙にも携わった米国大手広告
 代理店が事前にリハーサルをさせ演出したもので、全くのでっち上げであった。
 少女はワシントン駐在の駐米クウェート大使の娘であって、もちろん湾岸危機
 の前後クウェートにはいなかった。にもかかわらず、ブッシュ大統領は個人的
 にその少女の身元を知っていながら、何度となくその少女の証言を繰り返した。
 彼は、彼の夫人の気が滅入ってしまうのを恐れ、彼女にはこの話を伝えなかっ
 たとまで言い切ったのである(15ー七八ないし八〇、16ー一一ないし一二、22
 ー七九)。
  戦後、アムネスティインターナショナルも後にこの話を真実とした報告を撤
 回した。ミドル・イースト・ウォッチも保育器の話はイラク軍による大量レイ
 プや拷問と同じく「明らかに戦時の宣伝工作」であると後に発表した(26ー
 六五)。
  米国防総省の報道官ピート・ウイリアムズはワシントンポストへの寄稿のな
 かで湾岸報道を「これまでの戦争報道のなかで最高の出来栄えだった」と書い
  ____________(32ページ)________________

 ている(19ー一九四)。米国と多国籍軍、そして戦争に加担した被上告人国に
 とっての「最高の報道」は戦争の遂行を可能にし、またこれによって被上告人
 国は戦争に加担しえたのである。

七 金で買われた「武力制裁」決議
  この湾岸戦争が遂行されるにあたっての日本を含む多国籍軍側諸国の最大の
 正当性の根拠は、『国連安保理決議がイラクに対する武力制裁を容認している』
 というものである。国連安保理事会でこの第六七八決議が採択されたことで(九
 〇年一一月二九日)、米国議会でも僅差で(上院で五二対四七)ブッシュ政権
 の武力行使の方針を承認したのである(9ー七、3ー四二)。
  米国政府は、同決議が採択されるよう、公然と収賄・恐喝・圧力行使を行な
 った。決議案に賛成したエチオピアとザイールには新たな援助と世界銀行から
 の融資・IMFの融資増額が、コロンビアには米国からの援助増額と軍事援助
 が与えられた。エジプトは計一四〇億ドルの債務を帳消しにされた。
  逆に右決議に反対票を投じたイエメンは米国から年七〇〇〇万ドルの援助打
 ち切りを即座に通告され、約九〇万人のイエメン人労働者がサウジから追放さ
 れた(3ー四〇、26ー二三五)。
  もちろん、拒否権を持つ常任理事国のソ連と中国が最大の工作の対象となっ
  ____________(33ページ)________________

 た。
  ソ連は、一九九〇年、米国を初めとする西側諸国の経済援助を得なければ冬
 が越せないと言われるほどのたいへんな経済危機に陥っていた。結果として米
 国は産油国も含めて西側諸国から四〇億ドルの経済援助を引き出してソ連に提
 供した。ソ連はその結果、一一月二九日の六七八安保理決議採択で賛成にまわ
 った。サウジアラビア及びクウェートなどの湾岸産油国がソ連に対して三〇億
 ドルの経済援助を決定したのは、右決議採択と同時であった(3ー二九、四三)。
  中国対する説得工作も同様であった。中国は八九年の天安門事件以来、世
 界的に孤立し、米国を中心とする西側諸国から経済制裁措置を取られていた。
  米国は中国に対して安全保障理事会での態度如何では経済制裁措置を解除す
 るという取り引きを迫った。米国は中国外相を安保理開催と結び付けてワシン
 トンに公式招待し、その席上、中国との関係改善の政策転換を告げると同時に、
 世界銀行を通じて一億一〇〇〇万ドルの借款を提供する約束をした。中国は決
 議採択で棄権した(3ー二九、26ー二三四)。
  このようにして成立した決議が国際社会の良識ある理性的な判断と言い得な
 いことは言うまでもない。この決議に実質的意義はなく、今回の武力行為の違
 法性がこの決議を理由にいささかも薄れるものではないのである。
  デクエヤル国連事務総長自身、九一年九月の事務総長年次報告のなかで戦争
  ____________(34ページ)________________

 にいたる過程での安保理の活動に疑問を呈し、「安保理事会が国家やその連合
 体に武力の行使を認めたことは国連憲章第四二条を正確に遵守したものとは言
 えない」と述べているのである(11ー四二)。

八 『砂漠の嵐』作戦の開始
1 史上最も激しい空爆
  現地時間一九九一年一月一七日午前三時、戦闘機六六八機が七か国からの支
 援機を従えて、「史上最も激しい空爆」と言われる攻撃を開始した。バクダッ
 ド、バスラ、モスルがこの夜の攻撃目標であった。一四時間の間にのべ一〇〇
 〇回の出撃が行われ、海上からも一〇〇発以上のトマホーク・ミサイルが発射
 された。空軍は事前に「冷戦真っ盛りの時期のワルシャワ条約機構の東欧の中
 で最も堅固に守られた地区より、バクダッドははるかに守りが厳しい」と宣伝
 していたが(2ー一九)、戦争終了までに多国籍軍空軍は延べ一一万機に及ぶ
 出撃機数を繰り出したうち、出撃中の損害はわずかに三九機であり、この割合
 は、通常の戦闘訓練中の事故率と同程度だった。このうち空中戦による損害は
 一機もない。
  これはもはや戦争とさえ言えない一方的な殺戮であった。
2 嘘だった『ピンポイント』爆撃
  ____________(35ページ)________________

  空爆当時、多国籍軍が毎夜フィルムを使用して精密誘導爆弾がエア・シャフ
 トを抜けてから目標に到達するまでの映像を公表し、「ピンポイント爆撃」と
 称して、一般市民を巻き添えにしない正確な爆撃である旨を盛んに宣伝した。
 湾岸戦争中、誘導爆弾の弾頭に付けられたビデオカメラがとらえる標的に向か
 う過程や、巡航ミサイルが赤外線暗視カメラに誘導されて飛行着弾する過程が
 幾度となく繰り返された。独自の映像を全く入手できなかった日本のテレビ各
 社は開戦当時さながら米テレビの系列局のように、アメリカからの映像を検証
 することもなくそのまま放映し続けた。この結果、日本のテレビも戦争遂行者
 である米軍の「提供情報」に埋没した(18ー一八四ないし一八五)。
  この「ピンポイント爆撃」ビデオにより、多国籍軍は、自らの攻撃が正確で、
 イラクの一般市民をほとんど傷付けない攻撃であると全世界に印象づけた。こ
 のことも、湾岸戦争への批判を封じ込める重要な要素となった。
  しかし、事実は、発射された八万八千トンの爆弾のうち、誘導爆弾の割合は
 一〇パーセント以下であり、その誘導爆弾も一五パーセントは目標をはずれ市
 民に多大な被害を与えていたのである。一月二二日のミルク工場の爆撃は工場
 の性格について論争を巻き起こしたが、現在ではミルクを生産していたことは
 米軍も認めている(2ー六〇)。また、バクダッドのアミリアの防空壕が爆撃
 され、約四〇〇人の主に女性と子供が死亡した(1ー八八、2ー五三)。ユー
  ____________(36ページ)________________

 フラテス川橋梁を狙った英国空軍の誘導弾二発がレーダー誘導を離れ、住宅地
 域に落ち、住民及び住居に多大な損傷を与えた(1ー八八)。多国籍軍のレー
 ザー誘導爆弾がファルジャ市の住宅地に当たり住民一三〇名が死亡したことが
 報じられている(2ー五二)。米軍自身、戦後このことを認めている(19ー一
 八九)。
  結局空爆による民間人の死者は二万人を越えた。日本国民のみならず全世界
 の市民が事実をねじまげた情報を一方的に提供され、それに基づく判断を強い
 られたのである。
3 報道管制と情報操作の併用
  米国政府は、湾岸危機と戦争の時期を通じて中東に派遣された米国軍の動静
 に関するジャーナリストの取材、報道活動に厳しい制約を加えた。他方、米国
 は戦争遂行に好都合なニュースは大きくプレイアップし、不都合なニュースは
 極力押さえる情報管理、情報操作を強引に押し進めた。戦争中、ホワイトハウ
 ス、国防総省、国務省、CIAの担当官が毎日「PR会議」を開き、そこで作
 成されたその日のメッセージをまず記者団に非公式に伝えてその反応によって
 メッセージを修正し、その後正式に発表するという手法が取られた。これはベ
 トナム戦争において戦争被害の実態が報道される中で反戦運動が盛り上がった
 ことに対する反省のもとに、米国のグレナダ侵攻及びパナマ侵攻などで採用さ
  ____________(37ページ)________________

 れ練られてきた手法であった。
  報道管制の方法としては代表取材制度があげられる。これは、前線取材に際
 して軍当局が認めた少数の記者のみに取材を許可し、それで得た情報や映像を
 取材に参加できなかった他の記者と共有する仕組みである(19ー一八五ない
 し一八六)。代表取材制度を無視して単独行動を取った場合は身柄を拘束され
 て後方に送り返されたり、記者証を没収されたりした。負傷した米国兵の姿を
 撮影したフランスのテレビ取材班は海兵隊員に銃を突き付けられ、ビデオテー
 プを没収された。しかも、代表取材の記者も常に将校に随伴され、取材対象を
 選ぶのにも了承を得るのが必要であり、さらに記事は将校が目を通し、その手
 を経て送稿され、その過程で現場の将校や後方の司令官により削除訂正を受け、
 または送稿を一日ないし二日遅らされ事実上の差止めがなされた例もあった
 (19ー一八三ないし一八五、一九〇ないし一九二、26ー一九六ないし二一六)。
4 『水鳥』と九〇億ドル
  我が国で、まさに九〇億ドル拠出及び自衛隊機派遣が是か非かという議論が
 始まったばかりの九一年一月二五日午後五時四〇分(ロンドン時間)、油にま
 みれた水鳥が飛ぶこともできず真っ黒になってもがいているITNの悲惨な映
 像がまず英国で流された。その二〇分後、CNNが同じ物を全米と全世界に配
 信した。
  ____________(38ページ)________________

  その四時間後の一月二五日午後五時(ワシントン時間)、ブッシュ大統領が
 記者会見を行ない、この報道についてイラクの環境テロであるとして非難した
 上で、「この行為にはなんらの道理もない。自暴自棄、最後の悪あがき、いか
 なる軍事的教義にも当て嵌まらない。まさに一種の病的行為」としてフセイン
 大統領を告発した。そして、『水鳥』のフィルムは「イラクの環境テロ」の証
 拠として日本を含む全世界で繰り返し繰り返し、いやというほど流される(15
 ー二七ないし四六)。
  米国国防総省のウイリアムズ報道官は「イラクは過去二四時間、クウェート
 海岸の沖合シーアイランド石油積み出し施設からポンプを使った組織的原油放
 出を行っている」と発表した(毎日新聞夕刊一月二六日・15ー四七)。日本の
 マスコミはこの米国の発表を鵜呑みにし、毎日新聞の二七日付け社説は「卑劣
 なイラクの原油放出」と題して「『聖戦』の仮面を自ら剥ぐ、卑劣な反地球的
 行為」と決め付け、読売新聞も同日の社説を「許せない『原油放出作戦』」と
 題し「故意に原油を海に流した疑いが濃厚だ」としている(15ー三三)。
  この「イラク環境テロ」報道が全世界の世論のみならず、日本の湾岸戦争へ
 の貢献策についての国民の議論に与えた影響が非常に大きかったのは当然のこ
 とである。これほどの蛮行を重ねるフセインを叩くためであれば、九〇億ドル
 拠出止むなしとする世論操作が行なわれた(15ー三三)。
  ____________(39ページ)________________

  ところが、この『水鳥報道』は作られた「誤報」であった。水鳥を襲った原
 油は米軍が誘導爆弾により爆撃したゲッティ・オイル・カンパニーの原油貯蔵
 施設から流出したものであった。その爆撃が行なわれたのは一月一七日、開戦
 当日である。ゲッティ石油はイラクのクウェート南部での最重要燃料供給基地
 であり、当初から攻撃目標になっていた。米中央軍もテレビ朝日取材班に対し
 て同日ゲッティ石油を爆撃したことを認めた(15ー五八ないし六〇)。
  このような卑劣な情報操作により、被上告人国の湾岸戦争への加担が正当化
 されたのである。ブッシュ大統領がフセイン大統領に対して言い放った「まさ
 に一種の病的行為」という言葉は、被上告人国を含む多国籍軍側にこそ相応し
 いと言えよう。
5 劣化ウラン弾の使用
  湾岸戦争終結後、戦争から米国に帰還兵した兵士の多数に「湾岸戦争症候群」
 と呼ばれる奇妙な疾病が見られた。数万人の湾岸帰還兵が頭痛・腹痛と下痢・
 湿疹・関節の痛み・疲労感・記憶障害など慢性の前進症状に悩まされおり、一
 九九七年六月二六日、米下院でこの症候群に関する公聴会が開かれた。
  これについては、当初イラクが化学兵器を使用したのではないかとか、多国
 籍軍の爆撃で化学兵器工場が破壊され、その時被害にあったのではないかなど
 と言われたが、最近の調査で多国籍軍が劣化ウラン弾を使用した結果であるこ
  ____________(40ページ)________________

 とが明らかにされつつある。
  劣化ウランとは、天然に存在するウラン中のウラン235を濃縮した残り滓
 である。鉱山から掘り出される天然ウランにはウラン235が〇・七一一%含
  まれるが、原発用低濃縮ウランは三・四%程度に、核兵器用高濃縮ウランの
 場合は九三%以上に濃縮される。濃縮した残りを劣化ウランと呼び、ウラン2
 35は〇・二五六程度に減る。核分裂性はほとんどないが、れっきとした放射
 性物質であり、天然ウランに比べても六〇%ほどの放射性をもつ。 この劣化
 ウランは原子力産業ではほとんど使い道はない。
  しかし、劣化ウランは極めて比重が高く、かつ高度も高いので、戦車用貫通
 弾の材質として注目され、米軍は一九七八年から本格的に劣化ウラン弾の生産
 ・配備を始めた。また、劣化ウランは重金属としての毒性も持ってっている。
  劣化ウラン弾は戦車等の硬い標的を撃ち抜くと同時に激しく高温で燃焼し、
 化学毒をもつ微粉末をまき散らす。この微粉末が空中に飛散して大気を汚染子、
 風に乗って広範囲に拡散し、水溶性であるので土地と水を汚染し、食物連鎖に
 入り込む。劣化ウランの破片を被弾するという直接の被爆のほか、後日あるい
 は爆撃現場から遠く離れた場所で汚染した空気を吸ったり、水や食物からウラ
 ンを摂取するという体内被爆もある。いずれの場合も、劣化ウランが体内に蓄
 積し、骨・筋肉・各臓器に入り込み、様々な以上を引き起こす危険性が高く、
  ____________(41ページ)________________

 生殖器や退治への影響、泌尿器障害、発ガン性なども指摘されている。
  劣化ウラン弾は放射性兵器であると同時に化学兵器でもある。米国と英国に
 おいては、劣化ウランそのものは放射性有毒物質として扱われているのに、砲
 弾に変身すると戦場で使用されると、「通常兵器」と呼ばれるのである。
  米国の湾岸帰還兵に前記のような症状が現れるだけではなく、帰還兵に四肢
 ・内蔵の欠損などを持つ先天性障害児が多数生まれている。
  一方、戦場となり劣化ウラン弾の爆撃を受けたイラク国内では、白血病・小
 児ガンが多発し、更に新生児の奇形や異常も増え続けている。四肢欠損症・骨
 格異常・内臓の奇形・免疫不全・ダウン症候群・水頭症・視覚障害などの先天
 性障害児の出生が増加しているのである(甲ゐ号証の一、二及び週刊金曜日一
 九九七年九月五日号七一ないし七七頁参照)。
  湾岸戦争は、戦争報道によって全世界が思いこまされたような「正義の戦争」
 でもなく、「きれいな戦争」でもなかったのである。

九 多国籍軍の空爆の実態
1 民間人の殺戮と民生施設の破壊
  空爆だけでイラクの死者は一〇万人以上となった。
  多国籍軍により、バグダッドのサラフィヤ上水施設、ルスツミヤ下水処理場、
  ____________(42ページ)________________

 クウェート市南のアダン病院、イラク唯一の動物ワクチン工場や野菜種子倉庫
 などが爆撃破壊された(2ー五二ないし五三)。
  多国籍軍は、戦略目標に五四の鉄道と道路の橋、バグダッドの中央発電シス
 テムを含む発電施設、電話電信センター、テレビ・ラジオ送信局、石油生産精
 製供給センターなど社会の基本的下部構造施設を含んでいたため(1ー八七、
 2ー一九)、直接の空爆によるものだけでなく、戦後、一〇万人単位の市民の
 犠牲者を出すことになる。また、そもそも、多国籍軍のいう「戦略軍事目標」
 のうちの軍事施設にしても通信施設など都市部の人口密集地帯にあるものも非
 常に多く、多国籍軍の軍事的技術の向上、特に命中精度の上昇は明らかであっ
 たが、それは敵軍の施設破壊の効率化には役に立ちつつも敵国の国民の人命尊
 重には役に立たなかった。
2 イラク核施設、化学兵器施設の空爆
  ブッシュ大統領は開戦前からイラクの核保有の可能性危険性について論及し
 ていたが、開戦前夜一月一六日夜、再度米国の目的が核兵器の破壊にあること
 を強調し、多国籍軍が「サダム・フセインの核兵器開発能力を潰すだろう」と
 述べている(2ー五六)。
  一月三〇日、シュワルツコフ司令官は、多国籍軍が五三五回の出撃で三一の
 核、生物、化学兵器施設を攻撃したことを述べた。米軍は一貫して核汚染の危
  ____________(43ページ)________________

 険がなかったことを表明しているが、イラクは八〇年代初めに二五〇トンの天
 然ウラン(一〇パーセント濃縮)を入手したと伝えられており、また、公式に
 もフランスから購入した九三パーセントの高濃縮ウラン一二・三キログラムを
 保有していたうえ、少量ながらソ連から輸入した八〇パーセント濃縮ウラン二
 三五と三六パーセント濃縮ウラン二三五を持っていたが、核施設破壊による核
 汚染についてはまだ判明していない(2ー五七ないし五八)。
  さらに、一八の化学兵器施設が爆撃をうけたが、フランス軍当局者らは多国
 籍軍の爆撃による神経ガスの大気への放出があったことを認めているのである
 (2ー五八ないし五九)。

一〇 地上戦の実態
1 有無をいわさぬ地上戦の開始
  六週間にわたる爆撃により、イラクの前線への補給網は寸断破壊され、南部
 戦線への物資補給の九〇パーセントは不可能になっていた。イラク軍は非常に
 消耗し、死傷者も多く、脱走者が頻発していた。イラク砲兵隊からの反撃は散
 発的で効果がなかった。部隊の大半は統制を保って戦闘することができなくな
 っていた。最終的には八万人以上の兵が捕虜になった(2ー二二ないし二三)。
  二月二四日午前四時(現地時間)、ソ連などの地上戦回避のための種々の努
  ____________(44ページ)________________

 力を無にして、『砂漠の剣』作戦が開始された。しかし、地上戦が開始した二
 四日にはイラク軍はクウェート市から撤退を始めていたのである(2ー二三)。
  ところが、多国籍軍は、「イラク撤退の徴候は何一つない」として戦争を継
 続した。二六日、フセイン大統領はバクダッド放送を通じ、「イラク軍はクウ
 ェートからの撤退を開始した。撤退は同日中に完了する」と発表した。現にイ
 ラク軍は二六日夜にはクウェート市から完全に撤退した。しかし、ブッシュ大
 統領はこれを非難し、「撤退などしていない。彼は敗退途中での勝利宣言を狙
 っており、クウェートを自発的に放棄しようとしているのではない。残された
 力を温存し、あらゆる方法で中東を支配しようとしている。しかし、それでも、
 彼のもくろみは失敗に終わるだろう」と述べた(2ー六三)。同日、米海軍第
 二師団キーズ少将は「撤退をなるべく阻止し、イラク軍装備をできるだけ破壊
 したい。撤退を止めたいのだ」と話している(2ー二三)。そして、戦争は継
 続された。
2 『地獄へのハイウェイ』
  二月二六日の夜、イラク軍はクウェート市から完全に撤退した。その日、『地
 獄へのハイウェイ』と呼ばれるようになる作戦行動が開始された。
  海兵隊の航空機がイラクの軍用車両が五列縦隊でクウェート市から出ていく
 ところに遭遇した。海兵隊は攻撃開始前に、大量の装甲車両にクウェート市外
  ____________(45ページ)________________

 への脱出を許したうえで、道路を横切る形で対装甲車空雷を集中的に投下、そ
 れらの装甲車両を停止させた。そして、一五分ごとに攻撃地域に派遣された航
 空機八機に殺傷ゾーンが割り当てられ、数時間の攻撃が行われた。一マイル以
 上にわたって装甲車がひしめきあい、二〇〇〇両かそれ以上がつながっていた。
 多国籍軍のジェット機は立ち往生させられた装甲車に繰り返し猛攻撃を加え 
 た。海兵隊師団と陸軍機甲師団の混成部隊(「虎」部隊)は二六日朝「敵軍が
 イラクに撤退するのを阻止せよ」との命令を受け、イラクとクウェートを結ぶ
 最短ルートを封鎖してしまった。クウェート湾頭のアル・ジャラとイラク国境
 の町ウン・カスラを結ぶ海岸沿いの道路は五から七マイルにわたって重爆撃を
 うけたイラク車両が転がり、あたり一面めちゃくちゃな状態になった。
  米空軍は同地域の全域で、「動くものすべて攻撃せよ」との命令を受けてい
 た。ある海軍パイロットによれば、イラク軍は戦車に白旗を掲げ、砲塔のハッ
 チを開き上空を眺めながら走っていたが、彼は多国籍軍の取決めに従い、イラ
 ク兵が戦車を放棄していかない限り爆撃を続けた。
  九一年三月から四月にかけての欧州議会での証言では、米軍は「一人の捕虜
 も取るな」と命令されており、武器を頭の上に掲げ非武装の状態のイラク兵が
 百人単位、多い時には千人単位で一斉掃射を受けたことが明らかになっている
 (26ー八五)。
  ____________(46ページ)________________

  ウォール・ストリートジャーナル紙は「多国籍軍は進軍しながら敵の死者数
 千人を塹壕に入れるためブルドーザーを使った」と報道している(2ー二二な
 いし二四、二七、六三ないし六六)。これらの作戦には気化爆弾が使用された
 (20ー四六ないし四七)。しかも、クウェートから逃げる途中で殺されたのは
 多くの場合、イラク人ではなく、クウェートに残っていては生命の危険がある
 と判断したパレスチナ人、スーダン人、エジプト人、その他の外国人であった。
 「死のハイウェイ」を写した写真の中の車両で戦車、兵員輸送車、砲兵部隊の
 車両は一〇%にも満たなかった(26ー九二ないし九五)。
3 イラク兵『生き埋め』と停戦後の殺戮
  地上戦において、イラク兵が米陸軍により生き埋めにされたことを「ニュー
 ズデー」紙が九一年九月一二日明らかにした。ある地域での戦闘でイラク兵八
 〇〇〇人のうち捕虜とされたのが二〇〇〇名のみで、残りの六〇〇〇名が塹壕
 に生き埋めにされたという。戦闘地域への立ち入り禁止解除後に代表取材の報
 道陣が見たのはきれいに片付けられた戦場であった。その間に生き埋めが行わ
 れた。前線の塹壕を埋め立てる作戦は大分まえから予行演習をやり、人間の腕
 などが突き出たまま埋められた塹壕の跡が残った(12ー五八ないし六〇)。
  停戦後の殺戮も存在する。停戦後の三月一日、イラク車両の大軍団からロケ
 ット数発の攻撃があったという名目で、五〇〇両以上のイラク車両が破壊され、
  ____________(47ページ)________________

 二〇〇〇人のイラク兵が死亡した。多国籍軍の被害は戦車及び装甲車両各一台
 が損傷をうけ、兵士一名がけがをしたに止まる。指揮をとった大隊司令官ウェ
 アは「彼等は停戦を知らなかったのだろう」と語っている。
  地上戦は一〇〇時間で終了したが、その間にイラク兵死者の半数近い五万人
 が死亡した(2ー二二ないし二四、二七、六三ないし六六、26ー八二ないし
 九二)。

一一 殺戮の果てー湾岸戦争による物的及び人的被害
1 イラク軍
  イラク軍兵士の戦死者は一〇万人から一二万人、捕虜となった兵士の数は八
 万人から一五万人と推計されている(21ー一〇一)。兵士の死者数は、地上戦
 が終わるまでにイラク兵やクウェート人によって運ばれたり埋葬されていれば
 記録に残らない。また、ロンドン「タイムズ」紙、「ワシントン・ポスト」紙
 によれば、「塹壕に数千人の兵士がうめられていた可能性がある」「イラク兵
 の多くは米軍の激しい弾薬で体がばらばらになったり、焼け焦げてしまってい
 るため、埋められた死体の数は極めていい加減」などとされている(2ー二六
 ないし二八、26ー七九ないし八一)。
  八年間にわたるイランとの戦争よりも一一〇〇時間の湾岸戦争での死者の方
  ____________(48ページ)________________

 が多数に上った。市民を合わせ、イラクの一日当たりの死者及び爆弾一トン当
 たりの死者はベトナム戦争の二倍以上になった(2ー一一)。
2 イラク市民
  イラク・クウェートに向けて一一万回の爆撃が行われ、広島型原爆約七個分
 に相当する八万八千トンの爆弾が投下された(2ー一一八)。
  爆撃によるイラク市民の死者は二万五〇〇〇人と推定される(26ー一三 
 四)。しかし、爆撃により、イラク都市部の市民生活の基盤は以下に見るよう
 に徹底的に破壊されたため、停戦後の死亡者は一〇万人に及ぶと考えられ、栄
 養不良や医療システムの崩壊による四月から七月の死亡者は四万人との報告が
 ある(2ー二八)。
  空爆は、交通、公衆衛生、通信という市民生活に密接した分野に影響を与え
 た。道路、橋、鉄道網が破壊されたことで、燃料や予備の部品、タイヤが底を
 ついた。イラクの石油産業は五〇パーセントから一〇〇パーセント破壊された。
 イラクの復興費用は二〇〇〇億ドルと言われている(21ー一〇三)。
  このような徹底破壊はイラクのクウェートからの撤退という目的達成の手段
 としては必要なく、限度をあまりに越えたものであり、まさにイラクの国力低
 下自体が戦争の目的だったのは明らかである。
  湾岸戦争は近代戦史で最も短期間に最も多数の人の移動をもたらした。南部
  ____________(49ページ)________________

 戦線に住む罪のないイラク人、クウェート人、シーア派、クルド人、反政府グ
 ループ、外国人労働者とその家族ら五〇〇万人以上が湾岸戦争のため直接的に
 生活を破壊された。九〇年八月以降、経済制裁から戦中戦後にかけて六〇〇万
 人を越える人々が難民になった。戦前のイラクの人口の三分の一以上の国民が
 戦争によって移動させられた。占領前のクウェート国民の三分の一が世界各地
 に散った。難民の死は戦争直後一日最低一〇〇〇人であったが、イラクの公共
 活動の混乱によって、難民の移動と人命の喪失は拡大するであろうとされる(2
 ー一二、三〇ないし三一)。
3 文化的損害
  イラクは人類最古の文明の発祥地であり、無数の考古学上重要な遺跡が存在
 していた。また、バグダッドは二〇世紀におけるアラブの芸術・文化ルネッサ
 ンスの中心であった。多国籍軍の攻撃により考古学遺跡が破壊され、二千年の
 昔から続いてきたイラクの文化が灰塵と帰した(24ー一〇八)。
4 環境破壊
  米国政府は環境破壊の危険を知っていながら、平和的解決を目指す交渉を妨
 害し、イラク空爆を開始し、環境保全に対する予防・管理措置をとらなかった。
 ペルシャ湾へ流出した原油の量は、七五〇万バレルと考えられている(26ー
 一六〇)。その原因は、イラク軍の放出によるものと報道されたがこれが事実
  ____________(50ページ)________________

 に反することは前述のとおりである。
  これにより、ペルシャ湾はクウェート南部からサウジアラビア沿岸を経て、
 バーレーンまでが四〇〇平方マイルの海域にわたり、原油に覆われた。ペルシ
 ャ湾は極めて浅く、狭いホルムズ海峡を通じてインド洋とつながっているもの
 の、海水が外洋と入れ代わるスピードは非常に遅く、海流もあまりない。ペル
 シャ湾の生物資源の多くは浅いところにあり、石油の汚染の影響を特に受けや
 すい。汚染に敏感なのは海草の密生地帯であるが、ここは最高の海洋性動植物
 の生息地になっている。二万羽の鳥が死に、サウジアラビア沿岸の浅瀬の海老
 養殖場が原油に覆われた。海亀や海洋性哺乳動物など多くの生物の生存が脅か
 されている。サウジアラビアは国民の七〇パーセント以上が飲料水を海水淡水
 化施設に頼っているがこれへの影響も考えられる(2ー三九ないし四一)。
  多国籍軍はイラクの石油施設の五〇パーセントから一〇〇パーセントを破壊
 し、またクウェートの石油施設にも攻撃を加えた。この際、ナパーム弾その他
 の強力な熱兵器が使用されている(20ー四七)。これらの結果、油田地帯に大
 規模な火災を生じた。
  ニューヨークタイムズは「科学者たちは短時間で米連邦基準で許容されてい
 る一〇倍の濃度の浮遊物質を検出した。油田火災により発生した石油関連汚染
 物質は日量五〇万トン、これは米国の全産業と発電所すべてから出される一〇
  ____________(51ページ)________________

 倍の量である。」と報道した。この結果、イラン、トルコ、ブルガリア、ソ連
 南部、アフガニスタン、パキスタン、インド・カシミールのヒマラヤ地方まで
 火災の煙が広がり、黒い雨が降った。油田地帯の気温はクウェート近郊より二
 〇度以上低くなり、イラクの農業も脅かされている。クウェートでは喘息、気
 管支炎の患者が急増した。二酸化硫黄などの石油関連汚染物質による人体等へ
 の影響はこれからも増え続けるであろう(2ー四一ないし四四)。

   参考文献
 1 世界の軍事情勢90ー91   
    英国国際戦略研究所編       メイナード出版
 2 総決算湾岸戦争      
    臨時増刊「世界」         岩波書店
 3 石油資源の支配と抗争
    宮嶋信夫著            緑風出版
 4 中東派遣軍の全容
    『軍事研究』九〇年一〇月号編集部 ジャパン・ミリタリー・レビ
                     ュー
 5 米海外遠征軍のメカニズム
  ____________(52ページ)________________

     右同九〇年一一月号 河津幸英  右同
 6 クウェート奪回の戦術と戦力
    右同九一年一月号 G・ヤコブス  右同
 7 四〇〇万米軍の湾岸戦争
    右同九一年五月号 河津幸英    右同
 8 ドキュメント湾岸戦争の二百十一日
    朝日新聞外報部          朝日新聞社
 9 「湾岸戦争と平和憲法」資料集
    東京弁護士会
 10 司令官たち
    ボブ・ウッドワード        文藝春秋
 11 湾岸戦争後の米国の世界戦略とその矛盾
    インパクション74 宮嶋信夫   インパクト出版社
 12 湾岸戦争と日本のメディア
    右同        内田明宏   右同
 13 湾岸戦争の真相
    軍事民論66    松井 茂   軍事研究会
 14 資料 湾岸戦争に関する日本政府の対応措置
  ____________(53ページ)________________

    右同               右同
 15 湾岸報道に偽りあり
    木村愛二             汐文社
 16 Fake News
    TV・GUIDE九二年二月二二日号 モーガン・ストロング   
 17 War Crimes            
     ラムゼイ・クラーク調査団    メイソニューブプレス
 18 テレビ国際報道
    渡辺光一             岩波新書
 19 米国のジャーナリズム
    藤田博司             右同
 20 被告ジョージ・ブッシュ有罪
    ラムゼー・クラーク        柏書房
 21 世界経済の新しい構図
    向 壽一             岩波新書
 22 報道されなかった湾岸戦争
    「報道されなかった湾岸戦争」写真集編集委員会  影書房
 23 湾岸戦争は正義の戦いか
  ____________(54ページ)________________

    『世界』九一年三月号 R・フォーク 岩波書店
 24 「サダム」の冒険を演出したのは誰だ
    別冊宝島ニッポンと戦争 浅井信雄 JICC出版局
 25 予告された「戦争」の記録
    右同          宮嶋信夫 右同
 26 ラムゼー・クラークの湾岸戦争 いま戦争はこうして作られる
    ラムゼー・クラーク        地湧社

第三  湾岸戦争の国際法違反性

一 湾岸戦争の国際法違反性を判断すべき理由
  国際法は時代の発展、そして科学の進歩とともに戦争ないし武力行使の徐々
 に制限してきた。これは戦争の残虐性の反映であるとともに、世界の国々と市
 民間の相互理解の進展の反映でもあった。この様な国際法の変化は、戦争に駆
 り出され、また戦争により殺される民衆の声が国家の戦争の自由を縛る歴史で
 もあった。
  数千万人に及ぶ犠牲者を出し、人類史上初めて核兵器が使用された第二次大
 戦後、国連憲章は国家による武力行使を原則として禁止し、また武力紛争法な
  ____________(55ページ)________________

 いし国際人道法は武力行使が許される場合においてもその行使方法をきびしく
 制限するに至っている。そして今や国際法は国家間の関係を規制するものから
 人類一人一人を平和に生きる権利を持つ人間として尊重し、民衆が力の犠牲に
 ならない社会に向かって進んでいる。それは、民衆が力の行使すなわち「人殺
 しに加担させられない社会」へ向けての流れでもある。
  そして、日本国憲法こそ、このような国際法の流れを世界に先駆けて最も明
 らかに実定法化したものである。
  従って、上告人らの平和的生存権ないし納税者基本権や人格的利益の侵害の
 有無、侵害の程度を判断するためには国際法の流れを理解し、その中で憲法の
 平和主義を位置付ける必要がある。
  とくに、上告人らの損害賠償請求の当否を判断するにあたっては、被上告人
 の侵害行為の不法性を判断することが不可避であるが、右不法性とはただ国内
 法たる憲法だけが根拠となるものではなく、右のような国際法の検討が不可欠
 である。
  そもそも、不法行為による損害賠償請求権の有無を判断する場合に「侵害行
 為の不法性」と「被侵害利益」の相関関係によるとするのは、不法行為者の行
 為が法秩序に著しく反している場合には、被侵害利益の権利性が相対的に低く
 とも不法行為の成立を認めるべきであるという公平性の観念が背景にある。こ
  ____________(56ページ)________________

 の場合、不法行為者の行為の不法性の評価の規範となる法秩序とは、全体とし
 ての法秩序であり、国内法に限られるものではない。問題は不法行為者の行為
 が、いかに法秩序に反するものであるかという点にあるからである。
  国が当事者である本件のような場合には、国家の権利義務の規範である国際
 法が特に重視されるべきであるのは当然である。湾岸戦争が国際法上いかに不
 法なものであるかを評価してはじめて、被上告人国がこの戦争に加担した行為
 の不法性を判断しうるのである。そして被上告人の行為の国際的な法秩序違反
 性が著しければ、当然、本件不法行為の成立が認められることにつながるので
 ある。
  従って、被上告人の侵害行為の不法性を判断するためには、被上告人の加担
 した湾岸戦争の国際法違反性も判断しなければならず、そのためにも、湾岸戦
 争の実態と被上告人の加担の実態があきらかにされねばならないのである。

二 安保理六七八決議の成立上の瑕疵
  被上告人国は湾岸戦争に加担するにあたって、この戦争がいわゆる「武力行
 使容認決議」といわれる国連安保理決議第六七八号に基づいて行われた戦争で
 あって適法な行為であるとしてきたが、この決議の効力については様々な問題
 がある。
  ____________(57ページ)________________

1 まず決議成立に関する手続上の問題点であるが、国連憲章第二七条第三項は
 国連安全保障理事会の手続事項以外のすべての表決は、「常任理事国の同意投
 票を含む九理事国の賛成投票によって行われる」と規定しているが、右決議の
 採択の際、常任理事国である中国が棄権しており、「棄権」が「同意投票」で
 はない以上、右決議がその成立について、本条違反により無効であることは明
 白である。
2 また、六七八決議は九〇年一一月二九日に、賛成一二、反対二、棄権一で『採
 択』されたが、この『採択』を得るため、米国が常任理事国はもちろんのこと、
 すべての理事国をあるいは利益供与をもって、あるいは援助打ち切りの恫喝を
 もって決議を「買い取った」ことは前述したとおりである。従って、仮に形式
 的には六七八決議が有効であったとしても、その『採択』手続の実態を直視す
 れば、むしろ決議の成立の有効性については重大な疑義があると言わざるを得
 ないのである。

三 戦争開始そのものの規制違反
1 国際法による戦争の法的規制の方法には、大きく分けて「戦争開始そのもの
 を規制するもの」と、戦争中における戦争方法を規制するもの(武力紛争法な
 いし国際人道法)がある。
  ____________(58ページ)________________

  湾岸戦争はまず、戦争開始そのものを規制する国際法に違反する。かつてな
 い残虐な戦争であった第二次大戦の後発足した国際連合はその目的及び原則を
 掲げた国連憲章第一章中の第二条三項及び四項で国家の武力行使の原則的禁止
 を宣言した。この原則はすべての国が拘束される一般国際法上の原則であり、
 個別国家間の条約を無効にする強行法規性を有している。その例外は、国連憲
 章上、第四二条以下で定める国連自身が行なう軍事的強制措置または第五一条
 で定める個別的集団的自衛権の行使しかない。
2 では、安保理六七八号決議による本件武力行使が右の武力行使が許される場
 合にあたるか。
  まず、安保理六七八決議に基づく本件武力行使を国連憲章第四二条に基づく
 国連自体の武力行使とは考えられない。なぜなら、第二次大戦後、憲章四二条
 に基づく武力行使が一度もなかったのに右安保理決議では国連憲章第四二条に
 触れていないし、そもそも第四三条以降で規定されている軍事参謀委員会が設
 置されていないからである。
  また、本件武力行使は個別的集団的自衛権の発動と考えることもできない。
 なぜなら、安保理では侵略されたクウェートの自衛権の発動という議論は全く
 されていないからである。
  更に、多国籍軍の行なったのは大規模な武力行使であって、戦後慣習的に国
  ____________(59ページ)________________

 連憲章に違反しないものとされてきたいわゆるPKO活動とはまったく異なっ
 ており、PKOに類するものとして国連憲章上許される余地は全くない。
3 六七八決議は内容上にも非常な問題点がある。国連憲章は六章で紛争の平和
 的解決を大原則としており、非軍事的措置が不十分であるとき初めて軍事的措
 置に移行しうるとしている。
  右決議が『採択』された当時イラクに対する経済制裁が有効であることは極
 めて明らかであった。
  ところが、安保理での議論では経済制裁の有効性は全くかえりみられず、決
 議自体、国連自らが実施してきた経済制裁になんら言及せず「加盟国に対し、
 ・・・必要なあらゆる手段を行使する権限を付与する」としている。
  よって、この決議は武力行使容認の決議とするならば国連憲章第四二条に違
 反し無効であることは明らかである。
  以上の点から、多国籍軍による本件武力行使は、国際法上開始を許されない
 ものであることは明白であり、これに加担した被上告人の行為もまた国際法上
 違法である。

四 多国籍軍による武力行使の武力紛争法違反
1 前述のように、武力紛争においては、紛争当事者が選ぶ戦闘の手段と方法も
 様々に規制されている。
  ____________(60ページ)________________

  戦闘の手段方法に関する一般原則として、軍事的必要を越えて不必要な苦痛
 を当たる性質をもつ兵器や戦闘方法が禁じられている。これを均衡性の原則と
 いう。「陸戦の法規慣例に関する条約」(以下「ハーグ陸戦法規」)二三条及び、
 国際的武力紛争の犠牲者の保護に関する条約(以下「第一追加議定書という)
 三五条二項などが定める。また、戦闘員と非戦闘員、軍事目標と非軍事目標は
 区別され、それぞれ後者は敵対行為の直接の影響から保護しなければならない。
 これを軍事目標主義という。ハーグ陸戦法規二五ないし二七条、「戦時海軍力
 を以てする攻撃に関する条約」、第一追加議定書四一条、四八ないし六〇条、
 「戦時における文民の保護に関する一九四九年八月一二日のジュネーブ条約」
 一四ないし一五条などが定める。
2 ところが、前述したように米国の戦争目的はイラクの国力を低下させ、OP
 EC内での影響力をなくすことにあったため、クウェートからの撤退には不必
 要な大量破壊を繰り返したのである。
  多国籍軍はイラク民生施設を徹底破壊し戦後に一〇万人規模のイラク市民が
 死亡する結果となった。イラクにおける上下水道、発電施設、通信網、病院、
 保健衛生施設などを徹底的に破壊した多国籍軍の武力行使は、均衡性の原則に
 違反し、軍事目標主義にも当然違反する。
  ____________(61ページ)________________

  また、イラクの核施設も攻撃している。これは、危険な威力を内在する工作
 物への攻撃を禁じた第一追加議定書第五六条に違反する。油田施設への攻撃は
 戦闘において長期的かつ申告な損害から自然環境破壊を守るとする第一追加議
 定書第五五条違反である。
  イラク軍は湾岸戦争で多国籍軍と対峙した四二個師団中四〇個が戦闘能力を
 失ったとされるほどの損害を受けた。米国の戦争目的がイラクの周辺諸国への
 影響力を低下させることにあったため、イラクの影響力の根源たる軍事力を弱
 めようとした結果である。いわゆる「地獄へのハイウェイ事件」では、多国籍
 軍は地上戦突入後すぐにクウェート市から撤退を始めたイラク軍を発見するや
 空雷でクウェート市に帰れないようにしただけでなく、なんとイラクにも撤退
 できないように封じ込め、猛爆撃によって徹底的な殺戮を展開したのである。
 これは、投降兵や傷病兵など戦闘外にあるものに対する攻撃を禁じた第一追加
 議定書第四一条の明白な違反である。
3 このような武力行使は、イラクのクウェートからの撤退を目的とする六七八
 決議自体に違反する。右決議が目的とするところは、イラクのクウェートから
 の撤退及びクウェート国民の解放という点に尽きる。ところが、多国籍軍の武
 力行使は六七八決議の右目的に必要な範囲をはるかに越えていることは、極め
 て明白である。
  ____________(62ページ)________________

  そもそも、イラク本土への攻撃自体、右決議が容認しているとは到底考えら
 れない。以上のように多国籍軍の武力行使は、六七八決議が認めた範囲をはる
 かにこえたものであり、六七八決議によって合法としうるものでは全くなく、
 国際法上の根拠を全く欠いた違法な武力行使であることは明らかである。

五 結 論
  国連安保理決議六七八は、『採択』の過程を見ても、内容を見ても、国連憲
 章にことごとく違反する無効な決議であり、本件武力行使はその開始が許され
 ないものであった。しかも多国籍軍の武力行使はこの決議の範囲さえはるかに
 越えたものであって、武力紛争法に違反する行為が多々あったことも明白であ
 り、その違法性は重大である。
  多国籍軍の行為及びこれに加担した被上告人国の行為の悪質さは甚だしいも
 のがある。
  以上にのべたように、多国籍軍の武力行使は国連憲章など国際法に違反する
 重大な違法行為である。
  いかなる事情であろうが、どのような規模のものであろうが、被上告人国が
 武力行使に加担すれば、それだけで、憲法違反となることは、すでに明言した
 とおりである。
  ____________(63ページ)________________

  しかし、被上告人国が加担したがゆえに上告人らを含むすべての日本人の手
 までが血にまみれることとなった湾岸戦争の凄惨さは筆舌に尽くし難い。加害
 国の倫理性の欠如、非人道性は平和を求める市民として到底許し得るものでは
 ない。
  国連憲章及び日本国憲法はともに武力の違法化の歴史的な大きな流れの具体
 化として位置付けられるが、日本国憲法はその中でも最も先端を行くものであ
 る。
  従って、国連憲章に違反し、戦争犯罪とさえいい得る多国籍軍の武力行使に
 加担した被上告人の行為は、国際法に違反し、日本国憲法に違反し、かつその
 違反の程度が著しく大きいことは自明の理と言わざるを得ないのである。
  このような『不正義の戦争』に被上告人国が加担したことによる上告人らの
 心理的苦痛、精神的損害は到底受忍し得るものではない。そのことは、この訴
 訟のなかでの上告人らの主張・陳述により明らかである。


     第三章 原判決は憲法第八一条、第九九条に違反する

 原判決は、政府のなした湾岸戦争への戦費支出並びに掃海部隊派遣の行為につき
  ____________(64ページ)________________

、まず憲法判断をなすべきであり、かつ可能であるにもかかわらず意図的に憲法判
断を回避したことは、憲法八一条で定めた違憲審査権を放棄し、憲法九九条に定め
る裁判官の憲法尊重・擁護の義務に違反したものである。

一 政府の憲法上の責務に基づく政府の行為による人権侵害の憲法判断の必要性
  原判決は、憲法前文第二段及び第九条を引用した上で、
   「恒久平和主義が憲法上極めて重要な理念であることはいうまでもなく、
   日本国民が平和のうちに生存することは、その基本的人権の保障の基礎的
   な条件であって、憲法が全世界の国民について平和のうちに生存する権利
   を確認し、それが実現されることを希求していることも明らかである」と、
 平和のうちに生存する権利を確認し、さらに
   「全世界の国民の平和のうちに生存する権利を確保するため、政府は、憲
   法九条の命ずるところにしたがい、平和を維持するよう努め、国民の基本
   的人権を侵害抑圧する事態を生じさせることのないように努めるべき憲法
   上の責務を負うものということができ、この責務に反した結果、基本的人
   権について違法な侵害抑圧が具体的に生ずるときは、この基本的人権の侵
   害を理由として裁判所に対して権利救済を求めることは可能といえよう」
 と述べて、憲法が政府に課した恒久平和主義の理念に基づく平和に生きる権利
  ____________(65ページ)________________

 を確保するために努めるべき憲法上の政府の責務を認め、政府がその憲法上の
 責務に違反した結果、違法・違憲な人権侵害の存在が明らかになったときは、
 侵害を受けた国民は裁判所に権利救済を求めることが可能であるという理論の
 展開の順序を示している。
  原判決のこの論旨は、具体的事案に対する憲法の適用・解釈における常識的
 な論旨であって、異論のないところである。
  原判決のこの論旨を本件訴訟に当てはめるならば、まず、憲法上の責務に反
 するとして上告人らから指摘された政府の行為が、平和に生きる権利の確保に
 努めるべき政府の憲法上の責務に違反しているかどうかの判断から始めなけれ
 ばならない。
  したがって、上告人らが憲法前文及び第九条に違反する政府の行為によって、
 上告人らの憲法上の「平和に生きる権利」が侵害されたとして権利救済を求め
 ている本件において、原判決のなすべき判断の順序は次のようにならねばなら
 ない。
  (1) まず、政府が湾岸戦争の戦費として一兆一七〇〇億円(九〇億ドル)を
 支出した行為が、基本的人権の保障の基礎的な条件(平和のうちに生存する利
 益)を、憲法に違反して侵害しているかどうか、の判断から始めることになる。
  (2) その判断の結果、政府の行為によって「平和のうちに生存する利益」が
  ____________(66ページ)________________

 憲法に違反して侵害されている事実が明らかになれば、その侵害によって生じ
 た基本的人権に対する違憲違法な侵害の具体的事実あったかどうか、の判断に
 進むことになる。
  (3) その判断の結果、違法・違憲な人権侵害抑圧の具体的事実が肯定されて
 はじめて、権利救済の具体的判断、つまり政府の行為による人権侵害によって
 受けた損害の具体的内容の判断に入ることになる。
  これは、原判決が憲法解釈・適用の方法として示したこの限りで正当な論理
 による判断の順序である。

二 ところが、原判決はこの論理の展開の順序を冒頭から完全に覆すのである。
 つまり、先ず最初に前提として判断をなすべきことは、政府の行為である湾岸
 戦争の戦費として一兆一七〇〇億円(九〇億ドル)を支出した行為が、平和に
 生きる権利の確保に努めるべき憲法上の政府の責務に違反して、平和のうちに
 生存する利益に対する違法・違憲な侵害があったかどうかについての判断をし
 ならないのに、これをを無視して一挙に「別問題」に飛躍してしまうのである。
  すなわち、原判決は自ら設定した憲法判断の順序を無視して、何らの論理的
 説明もなく、いきなり「国民が裁判所に権利救済を求めることは可能という問
 題」と「上告人ら個々人がその侵害に対し不法行為に基づく救済を求めること
  ____________(67ページ)________________

 のできる具体的な権利ないし利益を有すること」とは「別個の問題」であると
 簡単に述べて、何の脈絡もなくして、突然に、平和的生存権の具体的権利性の
 否定論を展開し始めるのである。
  その挙げ句、平和的生存権には具体的権利性はないから、上告人らには訴え
 の利益はない、とか損害賠償の請求の根拠たりえないという結論を急いだので
 ある。

三 こうして遂に、原判決は、湾岸戦争の戦費として一兆一七〇〇億円(九〇億
 ドル)を支出した行為の違憲性の判断を通じて「平和のうちに生存する権利を
 確保するため、憲法九条の命ずるところにしたがい、平和を維持するよう努め、
 国民の基本的人権を侵害抑圧する事態を生じさせることのないように努めるべ
 き政府の憲法上の責務」を追求する裁判官の憲法上の責任と義務を放棄し、被
 上告人の憲法上の責務違反を問うことなく、無罪放免してしまうという重大な
 誤りを犯す結果となったのである。

四 その結果、原判決は、政府のなした湾岸戦争への戦費支出並びに掃海艇派遣
 の行為につき、まず憲法判断をなすべきであり、かつ可能であるにもかかわら
 ず、意図的に憲法判断を回避したことは、憲法八一条で定めた違憲審査権を放
  ____________(68ページ)________________

 棄し、憲法九九条に定める裁判官の憲法尊重・擁護の義務に違反したものであ
 る。


     第四章 確認の利益について
         (違憲違法確認の訴えの確認の利益はない、という判断の誤 
         り)

一 確認の利益を認めない原判決の理由の第一は、「平和的生存権が民事法上の
 具体的請求権の根拠となるのであれば、権利行使として権利侵害の除去を求め
 あるいは侵害された被害の損害賠償を求めるべきである、またその後に生じ得
 る別の権利侵害を防止する必要があるなら、端的にその権利侵害につき差し止
 め等の救済を求めるべきである」というものである。
  原判決のこの見解は、極めて無責任であり、国民に不可能を強いるものであ
 り、憲法第九条に基づく平和的生存権の実効性を剥奪するものである。
  すなわち、憲法第九条で戦争放棄・戦力不保持を定めて恒久平和主義の原則
 を立て、これを実質的に担保する平和的生存権を実効あらしめるためには、予
 防的な措置が不可欠である。なぜなら、政府が憲法九条に違反して、戦争行為
  ____________(69ページ)________________

 に加担しようとする場合、戦争という軍事行動は国家による組織的な大規模な
 暴力行使という特質から一旦その軍事行動が開始された場合、これを中止する
 ことは不可能に近いのである。したがって、原判決の言うように「平和的生存
 権が民事法上の具体的請求権の根拠となるのであれば、権利行使として権利侵
 害の除去を求めあるいは侵害された被害の損害賠償を求めるべきである」とか
 「その後に生じ得る別の権利侵害を防止する必要があるなら、端的にその権利
 侵害につき差し止め等の救済を求めるべきである」などと悠長なことをしてい
 ては、権利救済の時機を失うことは明らかである。
  本件の場合のように、憲法で禁止された国家の戦争加担行為につき、一旦な
 された政府の戦費支出行為や掃海部隊派遣行為が口頭弁論終結時にすでに完結
 している場合、給付請求が認められる場合は、確認請求は確認の利益はない、
 という民事訴訟の一般論を無批判に、何らの留保条件もなく機械的に適用する
 ことは許されない。
  なぜなら、今回のような政府の戦争加担行為を阻止するための平和的生存権
 の権利の実現過程における前述のような特殊性を無視することになるからであ
 り、そのことにより、平和的生存権の権利の実現が不可能になるからである。
 同種の政府の行為が繰り返される虞があるときは尚更のことである。戦争に関
 連する場合の平和的生存権による権利救済においては、事後救済は殆ど実効性
  ____________(70ページ)________________

 がないということを認識するべきである。
  したがって、一旦政府が違憲な行為(戦費支出・掃海部隊派遣)をなし、口
 頭弁論終結時において、その行為が完了していたとしても、完了したその行為
 の違憲性を確認しておくことは、極めて重要なことであり、政府が二度と、こ
 のような違憲行為をすることを政治的に不可能ならしめる役割を果たす、とい
 う意味において上告人らの確認の利益を認めるべきである。これをあたかも通
 常の民事事件の私的な取引き関係のような感覚で、本件につき確認の利益を認
 めなかった原判決は重大な誤りを犯したものである。
  しかもこれは憲法解釈に係るものであるから、その重大性は強調されねばな
 らない。

二 確認の利益を認めない原判決の理由の第二は、「国の戦争加担行為により生
 ずる国と国民の間の多くの権利関係の変動をすべて特定して、その無効確認や
 その除去や被害の賠償請求するより、国の根幹的行為を違憲違法と確認してそ
 の後の違法行為の連鎖を断ち切ることが平和的生存権侵害の救済手段として有
 効との上告人の主張は、具体的にどのような権利関係の変動が生ずるかは明ら
 かでないから採用できない」というものである。
  原判決のこの理由も実に無責任である。何故なら、「どのような権利関係の
  ____________(71ページ)________________

 変動が生ずるかは明らかでないから」という理由は言い逃れにすぎないからで
 ある。
  上告人らが将来再発を予想している政府の違憲な行為は、本件訴訟において
 問題となった「政府の戦争加担行為」であることは明白である。上告人が求め
 た確認の内容は、被上告人が「他の国の戦争に戦費を支出し、掃海部隊を派遣
 して、戦争に加担した行為の憲法違反性の確認」であって、極めて明確なもの
 である。
  原判決は上告人らが求めた確認の内容には触れないで、「具体的にどのよう
 な権利関係の変動が生ずるかは明らかでないから採用できない」というのであ
 るから、そもそも理由にならない言い逃れでしかないのである。

三 確認の利益を認めない原判決の理由の第三は、「平和的生存権は戦争を予防
 する権利とも言えるのであり、事後的に平和が侵奪されたことに対する金銭賠
 償では意味がなく、少なくとも金銭賠償のみで償われれる権利ではないという
 上告人の主張は、そうであるとしても、そのことから過去の行為の違憲違法を
 確認する利益を肯認すべきことにはならない」というものである。
  原判決のこの理由も恐ろしく無愛想である。
  平和的生存権が戦争を防止するための実効性が要求され、事後救済は殆ど実
  ____________(72ページ)________________

 効性がないという特殊性から、特別に事後の確認の利益を認めるべき根拠を一
 項で述べた。
  原判決は「そうであるとしても、そのことから、過去の行為の違憲違法を確
 認する利益を肯認すべきであることにはならない」というのである。これは、
 給付訴訟が可能な場合には、確認の利益はない、という民事訴訟の訴の利益の
 一般論を憲法訴訟への単に持ち込んだに過ぎず、説得力はまったくない。憲法
 上の平和的生存権の前述の特殊な戦争防止機能に対する具体的かつ正確な認識
 に立てば、平和的生存権の権利の実効性を確保するためには、特別に確認の利
 益を認めるべきこと明らかである。


     第五章 平和的生存権に関する憲法解釈の誤り

一 平和的生存権に関する原判決の判断は、憲法前文並びに第九条の憲法解釈に
 おいて重大な誤りを犯しており、判決に影響を及ぼすものである。
  原判決並びに原判決がほぼ全面的に支持した一審判決(以下単に原判決と略
 す)は、憲法九条の解釈において、憲法九条に基づく政府の憲法上の責務を認
 めながら、平和的生存権の具体的権利性を否定することによって上告人らの請
  ____________(73ページ)________________

 求を棄却し、その理由として「平和」は抽象概念であるとか理念であることか
 ら、「平和に生きる権利」は、個々の国民の権利として個別具体的な内容が確
 定できない、として権利性を否定した。
 これは以下に検討するように憲法解釈を誤ったものである。
1 「平和の概念」を抽象的あるいは理念であるとして平和的生存権の権利性を
 否定した原判決の憲法解釈の誤り
  原判決は「平和」とは理念ないし目的としての抽象的概念であるという。
 上告人らの言う「平和」の概念は、憲法前文・九条の規定の解釈に限定された
 具体的な平和概念であり、原判決の通俗的な「一般的平和概念」ではない。
 憲法前文・九条解釈における「平和」の内容を、憲法が規定している条文に具
 体的に則して言うならば、戦争の放棄すなわち戦争をしてはならないという禁
 止条項、陸海空軍その他の戦力を保持してはならないという禁止条項、交戦権
 を行使してはならないという禁止条項を順守することによって実現される具体
 的な平和である。これを逆に言えば、武力の行使や武力による威嚇によって維
 持される平和や、戦争の惨禍をもたらすことが予想される政府の行為による平
 和や、陸海空軍その他の戦力の存在を前提とした平和は、平和的生存権の平和
 概念からは明らかに除外される平和概念である。
  日本国憲法の憲法解釈に限定された平和の概念は、憲法前文の「政府の行為
  ____________(74ページ)________________

 によって再び戦争の惨禍の起こることのないようにすることを決意し、ここに
 主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」「日本国民は恒久の
 平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであっ
 て、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持
 しようと決意した」「われらは全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免か
 れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」という前文の記述及
 びこの前文と不可分の第九条の戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認の各規定か
 ら、直接に(この平和の概念を)導き出すことが容易にできるのである。
  原判決が殊更に通俗的抽象的一般概念としての「平和」概念を持出してきて、
 わざわざ「理念ないし目的としての抽象的概念である」と解説するのは「平和
 的生存権」の権利性を否定する論理を展開するための前提という政治的意図が
 見えすいている。
  このようにしてまで「平和」の抽象的概念性を強調するのは異常と言う他は
 ないのである。平和的生存権の権利性を、平和を抽象的概念という理由で否定
 するのは、憲法上他の抽象的な人権規定の例から見ても根拠がない。
  例えば、憲法一三条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は「平
 和に生きる権利」に劣らず抽象的である。「平和的生存権」を抽象的というの
 であれば「幸福追求に対する国民の権利」の抽象性は「平和的生存権」の抽象
  ____________(75ページ)________________

 性に劣らず極めて高い。日本国憲法上の平和の概念には戦争という明確な反対
 概念があるが、幸福追求の概念には明確な反対概念すらない。幸福の反対は不
 幸というかもしれないが、不幸は幸福でないという意味でしかないとすれば、
 それは余にも漠然とした状態であり、概念として特定することすらできない。
 しかるに、幸福追求権については、裁判所も憲法学者も、その抽象性の故をも
 って権利性を否定するものはいないのである。
  また、憲法二五条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」も抽象的
 な人権として有名な規定である。判例の積み重ねによって内容が充填されてい
 るのである。
  つまり「健康で文化的な最低限度の生活」という概念は極めて抽象的であり、
 具体的に説明するのは困難であるが、その困難性を理由にその権利性を否定す
 る判例も学説もない。原判決が「平和」の概念の抽象的概念を理由に、権利性
 を否定する根拠の一つとしたことは、まったく理由のないことである。
2 平和的生存権の具体的意味内容に関する原判決の憲法解釈の誤り
 イ 原判決は、平和を達成する手段・方法も多様であるから、平和的生存権を
  実現するための手段・方法が特定されない、ということを理由に「憲法前文
  を根拠として、個々の国民に対して平和的生存権という具体的権利ないし利
  益が保障されていると解することはできない」という。このことは、平和の
  ____________(76ページ)________________

  意味内容を憲法九条と結びつけて解しても同様であるというのである。これ
  は論理的ではない。
   原判決の右の憲法解釈は、百里基地訴訟第一審判決(水戸地裁昭和五二年
  二月一七日)、同事件控訴審東京高裁判決(昭和五六年七月七日)、同事件
  上告審最高裁第三小法廷判決(平成元年六月二〇日)の理由に論述された「平
  和のうちに生存する権利」の法的権利性についての解釈を、何らの独自の検
  討を加えることもなく、無批判に踏襲したものである。したがって、憲法の
  最も重要な基本的原則である平和主義の原則にかかわる憲法解釈であるにも
  かかわらず、国民が納得できるような平和主義の原則への深い配慮と厳密な
  解釈論を展開して、非論理的な従来の判例の解釈を受け売りしたに過ぎない
  ものであり、判例は変更されねばならない。
 ロ 原判決の非論理性
   原判決が、平和的生存権の具体的権利性を否定する理由は、いずれも論理
  的ではない。すなわち、原判決は平和的生存権の権利性の否定の理由として
  平和の概念の抽象性のほかに、つぎのような理由をあげるのである。
   (1) 平和を達成する手段、方法が多様である。
   (2) 平和的生存権ということ自体から具体的意味内容が確定されない。
   (3) 平和的生存権を実現する手段、方法が特定されない。
  ____________(77ページ)________________

   (4) 憲法前文から権利としての個別具体的な内容を確定することは困難。
   この(1)(2)3)の各理由は、いずれも権利性を否定する要件ではなく、これを
  権利性を否定する理由とするのは恣意的であって論理的ではない。或る権利
  を実現する手段や方法が多様で特定されていなければ、それが権利として保
  障されていると解することはできない、という論理などあろうはずもない。
   『平和に生きる権利』として憲法が明確に権利という用語を使って規定し
  た権利を、それを実現する手段、方法が多様で特定されない、からという理
  由で権利性を否定するのは、法律家の単なる怠惰であり堕落でしかない。
   憲法前文の『平和に生きる権利』が規定された背景には、広島・長崎の原
  爆悲劇、沖縄・中国・シベリヤ・朝鮮・南太平洋などにおいて生じた言語に
  絶する戦争の惨禍を蒙った多くの戦争犠牲者の、二度と戦争の惨禍を繰り返
  さないで欲しいという真摯な願いが込められていること、その戦争の惨禍が
  政府の行為によってもたらされた事実の深い反省の上に立って、再び戦争を
  起こさせないために政府に対し厳しい憲法上の制約を加えなければならない
  こと、その具体的な重要な手段として、国民に与えた権利が『平和的生存権』
  そのものであるということ、を念頭において憲法の平和主義の原則にかかわ
  る憲法解釈をなすべきことは、日本の法律家の常識であり、原点なければな
  らない。
  ____________(78ページ)________________

   それにもかかわらず、憲法の尊重擁護義務を課せられた司法に『平和的生
  存権』の権利性について真摯な検討の姿勢は全く見られないのは嘆かわしい
  ことである。しかも、自らは平和的生存権について何ら積極的な探究もしな
  いで、他人事のように「それを実現する手段、方法が多様で特定されない」
  から権利性を認められないという憲法解釈を平然と論述するのである。これ
  を司法の堕落として非難しないのは、むしろ国民の堕落として非難されねば
  ならない、と言えよう。  
   因に、憲法一三条に規定する幸福追求権などは、「権利を実現する手段や
  方法が多様であり特定されていない」ものの最たるものである。しかし、権
  利として存在していることに争いはないのである。原判決の平和的生存権に
  関する論旨の非論理性は明白であり、到底これを維持することは困難である。
   (4)の理由は、原判決の裁判官の主観的な見解であって、独自な見解にすぎ
  ない。原判決の平和的生存権の具体的権利性を否定する理由は、全く論理的
  ではない。
3 平和的生存権の具体的権利ないし利益の内容について
  そこで、憲法解釈上の平和の原則に基づく平和的生存権の限定的内容につい
 ては2項において述べたとおりであるが、原判決が「権利を実現する手段や方
 法が多様であり特定されていない」として権利性を否定する論旨を展開するの
  ____________(79ページ)________________

 で、その反論のために、平和的生存権が多様な具体性をもつことを次に明らか
 にする。
  浦田賢治教授によれば、戦時、武力紛争が発生した時点と、そうでない平時
 とに分けて、平和的生存権は権利・利益として具体的にどのような態様におい
 て侵害されるかについて次のとおり考察されている。
  (1) 戦時の場合は、具体的には戦争によって他人から自分が殺されない権利
   (生命に対する権利)、戦争において自分が人を殺さない権利(生命尊重
   に関する自由権)
  (2) 平時の場合は、戦争において他人が人間を殺すことが許されてはならな
   いとする道徳的要求(平和を求める公的良心)、平和を求める言動が保障
   されるべきだという権利(表現行為の自由)
  (3) 歴史的事例としては、市民的不服従の自由の権利、その具体的権利とし
   ての兵役の拒否の権利(憲法一八条、一九条)、軍事徴用(軍事収用)を
   拒否する権利(憲法二九条)、戦費の負担を拒否する権利(憲法一三条、
   二九条、八五条)、抵抗権としての、軍事秘密の守秘義務違反行為(内部
   告発行為)についての違法阻却の権利(憲法一一条、一二条)、軍事的公
   務の執行に対する抵抗行為についての違法阻却の権利(憲法一一条、一二
   条)
  ____________(80ページ)________________

  (4) 平和的生存権の具体的利益は、平和を希求する特定の人々のための市民
   不服従の自由と抵抗権の行使として享受することができる。これに連なる
   諸個人の平和的生存権の様々の具体的利益のなかの一つとして、平和原則
   を侵害する公権力による特定の人々の精神的損害の補償
 などを平和的生存権の具体的態様として示されている。
  このような憲法解釈につき真摯の努力を重ねることによって、平和的生存権
 の多様な内容は充填され、具体的権利性を明らかにすることが可能なのである。
  それを原判決のように、具体的権利性に関する憲法解釈上の検討をする意思
 を初めから放棄した上で、平和的生存権は「権利を実現する手段や方法が多様
 であり特定されていない」から具体的権利性を認められないと結論づける態度
 は、「憲法的」でもなければ「良心的」(憲法七六条三項)でもなく、逆に反
 憲法的であり、非良心的である。
4 平和的生存権の憲法上の意義について
  平和的生存権についての憲法的な考察態度を怠ると、必然的に原判決のよう
 に憲法解釈の誤りに陥るのである。この誤りに陥らないためには、日本国憲法
 が、戦争に対する抑制機能のない明治憲法の基本的欠陥の是正のために、平和
 的生存権の概念を導入した具体的な憲法的・法律的意義についての考察が不可
 欠である。
  ____________(81ページ)________________

  この点につき、星野安三郎教授は次のように考察を進めるのである。
  フランス革命人権宣言における近代国家の権利保障の人権は、自由権的基本
 権から社会権的生存権、それから平和的生存権へと歴史的に発展し、日本国憲
 法は最後の平和的生存権を軸として存在する。この権利は具体的には第九条の
 戦争放棄・軍備禁止によって保障される。なぜなら、戦争放棄・軍備禁止によ
 って、国民は戦争目的や軍事目的のために、思想・良心・言論・表現・人身の
 自由や財産権を制限侵害されることがなくなったからである。すなわち、兵役
 の義務・国防に協力する義務から解放され、人的力や物的富のすべてを、自由
 で豊かで平和な社会を建設するためにだけ使用することを保障されたからであ
 る。平和的生存権は具体的には兵役の義務を規定した明治憲法とそれに伴う軍
 事立法の廃止によって保障された。すなわち、兵役法及び同施行規則・徴発令
 ・馬籍法・同施行規則・鉄道軍事供用令・国家総動員法・国民徴用令・土地収
 用法(改正前)・国民体力法・防空法・軍機保護法・刑法(改正前)などの廃
 止または改正によって、徴兵検査や戦争と軍隊に必要な体力向上のための体力
 検査を受けたり、家族や友人を戦場に送るため役場に届出をしたり、持馬を軍
 馬として徴用されたり、土地や建物を接収されたり、軍事機密を守るため言論
 ・出版・報道の自由を制限されることから解放されたのである。こうして戦争
 と圧制の恐怖から免れて「平和に生きる権利」が保障された。現に戦争はなく
  ____________(82ページ)________________

 ても。絶えず戦争の脅威におびえ、それに備えて不気味なサイレンの下、防空
 演習を強制されるところに平和な生活はない。自国が戦場にならなくても、他
 国の戦場に自分の夫や恋人が兵隊としてつれて行かれる心配が絶えずあるとこ
 ろに平和な生活はない。演習場などのために農地が接収されるという不安があ
 るところには平和な生活はない。したがって、こうした不安や恐怖から解放さ
 れて平和な生活を確保するためには、自国が関係する国際紛争を解決する手段
 としてはもちろん、自国の関係しない国際紛争にも戦争や武力によって解決す
 ることを放棄せねばならず、そのために一切の軍備を禁止せねばならなくなる
 のである。
  一九七七年に発表された星野安三郎教授の右のような平和的生存権の憲法上
 の具体的な意義と豊富な検証は、平和的生存権の内容の豊かさを生活のなかで
 具体的に実感することができるのである。
  このなかで特に注目すべきことは、平和な生活を確保するためには、「自国
 の関係しない国際紛争にも戦争や武力によって解決することを放棄せねばなら
 ず、そのために一切の軍備を禁止せねばならなくなる」と言及されている部分
 である。
  右論文を執筆した一九七七年当時において、中東地域で発生した米国(多国
 籍軍)とイラクとの戦争に日本政府が協力して米国のために戦費を支出し掃海
  ____________(83ページ)________________

 艇を派遣することなど夢にも予想されなかった時代において、あたかもこれを
 予見していたかのごとく、星野教授はすでに「自国の関係しない国際紛争にも
 戦争や武力によって解決することを放棄しなければならない」と、平和的生存
 権に基づき指摘している先見性に注目しなければならない。真摯に日本国憲法
 の平和主義の原則の実効性について研究し続けた研究者としては、民衆は「平
 和を欲しがり」、権力者は「戦争をしたがる」という人類社会の不変の鉄則を
 的確に見抜いていたのである。すなわち、憲法九条において戦争放棄・戦力不
 保持を規定していても、権力者はやがてこの規定をかいくぐり、他国の戦争に
 関与するであろうことを予見して、それは絶対に許されないことを「平和に生
 きる権利」の立場に立って、根拠づけているのである。
  このように平和的生存権の権利性の内容は極めて豊富であり、戦争の連続で
 あった人類史のなかで国際紛争を武力で解決しないという歴史的段階に進むた
 めの重要な法的手段としての権利として、平和的生存権は憲法上その実効性が
 確保されるように要請されているのである。


     第六章 納税者基本権に関する憲法解釈の誤り

  ____________(84ページ)________________

一 原判決と原判決が引用する一審判決は、上告人らが主張した納税者基本権に
 つき、要旨次のように判示している。
1 憲法第三〇条は、国民は法律の定めるところにより納税の義務を負うと規定
 し、第八〇条は租税の課税要件と賦課徴収手続は法律又は法律の定める条件に
 よるとしている。租税は租税実体法の定める課税要件を充足する事実の発生に
 より法律上当然に国又は地方公共団体は租税を徴収する権利を取得し、納税者
 は租税を納付する義務を負う。
2 憲法第八三条、第八五条、第八六条は、財政民主主義の原則に基づいて、国
 費は国会の議決に基づいて支出すると定めている。そして、予算の基礎となる
 歳入は法令の規定に基づいて徴収、収納されるのであって、歳入予算によって
 初めて租税の徴収権が生ずるものではない。
3 したがって、憲法上、国民の納税義務と予算及び国費支出とは、その形式、
 実質ともにその法的な根拠及び手続を異にしているのであり、両者に直接的、
 具体的な関連性を認めることはできない。
4 憲法は、国民の納税義務や国の財政処理における国民の主権の行使の仕方や
 財政民主主義の在り方として、国民の代表である議員によって構成される国会
 を通じてこれを行うべきであるという間接民主主義の制度を予定しているので
 あって、国費の支出を伴う国のすべての施策について納税者たる国民すべてが
  ____________(85ページ)________________

 納税者たる資格に基づいて直接にその是非を争うというような直接的な制度な
 いし権利を予定し、これを保障しているものと解することはできない。
5 結局、憲法を直接的な根拠として納税者基本権を国民の主観的権利ないし利
 益として導き出すことはできない(以上一審判決三〇丁)。

二 納税者の権利に関する憲法解釈の誤り
  しかし、原判決及び一審判決は納税者の権利と国の義務に関する憲法解釈を
 誤っている。
  本件訴訟は、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求
 し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解
 決する手段としては、永久にこれを放棄」し(憲法第九条一項)、全世界の国
 民が平和的生存権を有する(憲法前文)と宣言した憲法を持つ日本の政府が、
 「国際紛争を解決する手段として」湾岸戦争を戦っていた多国籍軍に戦費を支
 出したことについて、全国の納税者が異議を申し立てたものである。上告人ら
 が本件訴訟を提起した根拠の一つが納税者基本権である。
  納税者基本権とは、「納税者は憲法の規定するところにしたがって税金が使
 われるということを前提にして、その限度で、そして憲法の規定するところに
 従って納税義務を負うという権利」である。納税者基本権の具体的な内容とし
  ____________(86ページ)________________

 て、納税者は政府が憲法に違反する目的に税金を支出しようとしているときに
 はその支出の差止を請求し、支出されてしまった後は損害賠償請求を求めるこ
 とができる。
1 原判決及び一審判決(以下単に原判決という)は、明治憲法下の理論を踏襲 
したに過ぎない。
  原判決は要するに「租税の賦課徴収は租税実体法により規定され、国費の支
 出は予算によって決定される。納税者は租税実体法が規定した課税要件を満た
 した場合には租税を納付する義務を負い、国は納税者から租税を徴収する権利
 を取得する。国は予算を議会で議決すれば国費を支出することができる。租税
 の徴収と国費の支出は、その形式、実質とも法的根拠及び手続を異にしており、
 両者に関連性はないから、納税者は国費の支出を伴う国の施策についてその是
 非を争う権利はない」というのである。租税の徴収面と使途面を分断・峻別す
 る考え方(租税の徴収については租税法律主義が支配するけれども、租税の使
 途は予算の問題であり、予算は本質論的には行政措置であると見る考え方)で
 ある。これは正に明治憲法下における租税の徴収面と使途面を分断・峻別する
 理論を踏襲した理論である。
  しかし、現憲法はこのような租税の徴収と租税の支出を分断するのではなく、
 統一的に理解することを要求している。
  ____________(87ページ)________________

2 明治憲法から日本国憲法への財政制度の転換
  明治憲法と日本国憲法の最大の相違点は、天皇主権から国民主権へと主権者
 が一八〇度の転換をしたことである。そして、この主権者が転換したことを受
 けて、財政制度も大きく変更された。
  (1) 明治憲法の財政制度
    明治憲法も、外見上は財政立憲主義の原則を採用し、租税法律主義(第
 六二条)、予算に対する議会協賛の原則(第六四条一項)、決算の議会提出(第
 七二条)などが定められた。しかし、明治憲法は天皇主権主義という基本的性
 格を有しており、財政に関しても立憲主義に対する重大な制約を規定していた。
  第一に、租税法律主義については「報償ニ属スル行政上ノ手数料ソノ他ノ収
 納金」は例外とされ(第六二条二項)、行政上の手数料など実質的に租税に該
 当するものであっても、法律によることなく賦課・徴収できるものとされた。
  第二に、予算不成立のばあいには前年度予算を当然に執行するものとし(第
 七一条)、また憲法上の大権に基づく既定費及び法律上当然に支出すべきもの
 とされる法律費・義務費については政府の同意なき限り議会がこれを排除し削
 減することができないとされ(第六七条)、皇室経費については現在の定額を
 増額する場合を除き議会の協賛を要しない者として(第六六条)、議会の予算
 議決権に重大な制約が定められていた。
  ____________(88ページ)________________

  第三に、事前に議会の協賛を経ることなく国庫剰余金を予算超過支出又は予
 算外支出にあてる責任支出(第六四条二項)、緊急の場合に勅令により財政上
 必要な処分をなしうるものとする緊急財政処分(第七〇条)のように、議会に
 よる事前の統制を全く経ない財政行為が認められていた。このように、明治憲
 法の財政条項は議会による財政統制を著しく弱めるものであり、有効に機能す
 ることができないものであった。
  (2) 明治憲法下の租税概念
    租税については明治憲法第六三条が「現行ノ租税ハ更ニ法律ヲ以テ之ヲ
 改メサル限ハ旧ニ依リ之ヲ徴収ス」と規定し、永久税主義の考え方を宣言して
 いる。又、第六四条は「 国家ノ歳入歳出ハ毎年予算ヲ以テ帝国議会ノ協賛ヲ
 経ヘシ。予算ノ款項ニ超過シ又ハ予算ノ外ニ生シタル支出アルトキハ後日帝国
 議会ノ承諾ヲ求ムルヲ解釈
 を誤ったものであり、是正されるべきである。
  ____________(108ページ)________________


     第八章 結論

 以上のとおり上告人らの上告理由を述べたが、第一章及び第三章で指摘したよ
うに、政府が不正義の湾岸戦争に加担し、その後も憲法を無視して自衛隊を海外
に派遣し続けていることについて、裁判所も責任なしとしない。
 上告人らは主権者として、政府の憲法違反行為を是正する活動を進めるが、裁
判所は憲法により付与された権限を誰にはばかることなく行使して、速やかに憲
法違反を憲法違反と断言し、憲法違反行為が再び行われることのないようにすべ
きである。
 最高裁判所に与えられている権限は極めて強大である。上告人らは最高裁判所
に期待して上告したものであり、上告人らの期待に背かぬ判決をなすよう重ねて
要請する。
  ____________(109ページ)________________